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 朝から、暑い日だった。
 ベッドの中で、母が僕を起こそうと叱り飛ばすように隣の部屋から掛ける声を、じっとりと汗を掻いた顔を枕に擦りつけながら、鬱陶しく思っていた。
 夕べは、日付が変わる頃まで宿題を頑張ったので、何度起こされてもなかなか目が開かなかった。
 やっとの事で起き上がりベッドに座ったまま、まだぼうっとしていたが、そうだ昆虫採集、そう思った途端体が動き始めた。ベッドから降りると下を覗き込んだ。奥に手を伸ばして、箱の縁に手を掛けると引き寄せた。既に箱は埃を被っていた。やっぱり開けずにいて正解だったと胸を撫で下ろした。しかし、それも束の間、手に取った箱は臭気が漂っていた。何なんだろうこの臭い、と顔を顰めながらそっと開けてみた。
 臭気は更に拡がり、風も吹いて来ない蒸し暑い部屋中に充満した。
 凄まじい臭気は、昆虫の屍臭だったのだ。
 説明書は読まない、薬品の使い方はいい加減、その付けが回ってきた。
 異様に臭い箱の中の昆虫を見つめながら、肩を落とした。折角精魂傾けて頑張ったのに、昆虫たちは腐っていたのだ。登校の時間が迫っているので、慌ただしく蓋を閉めたて再びベッドの下へと押しやったが、臭いと思いながらも時間が無くて思う存分嗅げないことが、残念でならなかった。

 とにかくその日は、最悪の新学期となった。
 自由研究のつもりの昆虫標本は持って行けないわ、読書感想文は出来上がっていないわで、担任の先生から必ず明日は持ってくるようにと、きつく注意をされてしまった。
 とぼとぼと学校から帰りながら、膝の傷がかなり痛むので、腰を折って見てみた。表面が黄色くなり、その周りは熱でも持ったように赤く腫れていた。擦り剥いてから十日ほどは経っていると思うのに、全然よくなっていなかった。酷いことになったと心配だったが、どうする術もなくまた歩き出した。
 この傷も、変な匂いがするのだろうか。
 うちに帰ったら匂いを嗅いでみよう、そう思うと帰り道がちょっとだけ近くなったような気になった。
 しかし、昆虫の死骸の匂いは強烈だった。未だに鼻の奥にその匂いを再現出来るほどに、覚えていた。あんなに臭い匂いは、そうそう嗅いだことがないと思うのに、何故か自慰後の指の匂いを連想させて、それほどまでに自分の女性器が臭いはずもないのだが、その二つが同類の匂いのような気がしていた。隠微さを含んだ匂いとでも言えばいいのだろうか。そう感じていた。
 痛みを堪えて足早に家を目指しながら、僕はまた女性器が疼き出したことに、我ながら呆れていた。匂いを嗅ぎたいと思っただけで、何故かじんじんと疼き始めたのだ。暫くその感覚を楽しんでいたが、どうにも我慢出来なくなり、周りを見回して誰も近くに居ないことを確認すると、制服のスカートのファスナーを下げ左手を突っ込み弄り始めた。背中を丸め、がに股になった。奇妙な姿勢のまま、家に着くまで触り続けた。そうすることで、膝の痛みをすっかり忘れてしまっていた。

 それから15分ほど歩き、汗びっしょりになった頃家に着いた。、首から吊してある鍵を制服の襟から手を突っ込み取り出して、大急ぎでノブに差し込んだ。その間も、左手は女性器に宛がったままなので、不自由だった。手を離せばいいようなものだが、離したくなかった。カチャリと音がして外れ、ガチャガチャと言わせながら鍵穴から抜き去った。その間ももどかしいくらいだった。後ろ手にバタンと大きな音を立てて、ドアを閉じた。靴を脱ぎ散らかしたまま、僕の部屋の戸を荒々しく開けた。
 途端に、昆虫の屍臭が衝撃的な濃厚さで迫って来た。僕は矢も楯もたまらずその場に立ち尽くしたままで、右手をパンツの中に忍ばせて、直に触り始めた。屍臭を全身に纏いながら、自慰に耽った。その匂いは官能的でさえあり、酔い痴れた。
 僕は小鼻を膨らませ、今まで吐いていた荒い息を飲み込むように止めて、昇り詰めた。
 両足を爪先立たせて、少しだけ膝を曲げ、開いたり閉じたりした。全身がびくびくと痙攣するようにひくつき、止まらなかった。今までで一番の、えも言われぬ快感だった。
 いつまでも、其処に立ち尽くしたまま、余韻を楽しむようにゆるゆると擦っていたら、陰核の下の方が濡れていることに気づいた。僕はこの日初めて、女性器を濡らした。

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2009年1月4日号掲載

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