カイエは、ミュルをゴミ箱に入れはじめた。すぐ、満杯になる。ダストシュートから、中身を棄てる。十三往復して、ミュルは消えた。だが、気を赦しては不可ない。奴らは、朝も夜も、増殖をつづけるのだ。特に、コフィのように発生したミュルに対策を打つのが遅い人間の部屋は危険だ。
「ふん、ペットも役に立つな。ミュルが消え失せた。」
「カイエが役に立ったってさ、ブラウン。」
「僕たちも、役に立ったさ。ここまで、カイエを連れ出してきたんだからな。」
「カイエ、おまえはそいつらがいないと駄目なのか?」
「くるくるは、皆、そうだよ。僕みたいに、ブランカとブラウン以外の、普通の人間と通じ合えるくるくるは、滅多にいないんだ。」
カイエは大事そうに二体に頬ずりした。
「あんた、絵が上手なんだね。何処で習ったの。」
「カルチャーセンターの文化講座に半年通っただけだ。」
「贋作は儲かるの?」
ブランカが尋ねた。
「食うには困らないよ。ペットも飼える。まあ、優雅な暮らしだな。」
「あんた、絵が好きなの?」
「好きぢゃないよ。ただ、画けるだけだ。アイスクリームスタンドの店員が、アイスクリームを食べるのを好きかどうかは別問題だろ?」
「メェ。どうしてカイエをペットにしたの。」
「脅迫されたからだ。」
「動機としては弱いね。あんたも、さみしかったんだろ。」
「おい、その羊を黙らせろ。」
「ごめんね、ブランカは議論好きなんだ。」
カイエは、ブランカを頭を下にしてポケットに押し込んだ。
「むぐぐ、僕に喋らせろ、」
ブラウンが割って入った。
「ブランカ、失礼は不可ないよ。僕たちは、まるまるコフィにすがっていることを忘れるな。」
ブランカもブラウンも、黙った。
チャイムが鳴った。
コフィは絵筆を置いて、ドアをあけた。ベリィ・ショートの髪を赤く染めた女が立っていた。
「え、カフィ!?」
「ちがうよ。これは、カイエ。さっき拾った、オレのペットだ。」
「まるきり、カフィぢゃない。」
「カフィって誰?」
カイエは尋ねた。
「コフィの弟よ。死んだ筈だわ。」
「僕は、その人のことを知らない。ただ、僕はカイエだ。それだけだよ。」
「嘘だわ。こんなに似ているなんて、」
「これはオレのペット。カフィぢゃないよ。」
女は若かった。多分、コフィと同じくらい。
「絵を取りにきたんだろ、スー。」
「え、ええ。でも、こんなことって、」
「気にするな。」
スーは、コートを脱いだ。居座るつもりらしい。
「ねえ、あなた、何処からきたの?」
「施設。脱走したんだ。」
「それが、どうしてコフィのところに?」
「コフィのサイフをすろうとして、失敗したんだ。コフィはやさしいよ。ホットケーキをたくさん食べさせて呉れた。」
「顔のアザは?」
「施設で殴られた。でも、もう治りかけているから、心配しないで。」
「なんて云っていいかわからないけど、喋っているとカフィらしさが消えるね。」
「だから、カフィなんかぢゃねえって。」
2008年10月27日号掲載
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