コフィは、アトリエにしているらしい部屋から、梱包した包みを運んできた。
「持っていけよ。」
「あら、レディにお茶も出さないつもり?」
「今、制作中なんだ。邪魔されたくない。」
「あっそう。」
スーは気の強い女らしく、封筒をポンとキッチンテーブルの上に放った。
「今回のぶんのギャラよ。」
コフィは、中身を一枚ずつ数えた。
「一枚足りない。」
「あたしの昼食代よ。」
「ふざけるな。返せ。」
「たまには、おごってよ。」
「フロックコートに、エージェントを交代させるように伝えて呉れ。」
「わかったわよ、ケチね。」
スーは、紙幣を一枚、テーブルにバチンと置いた。
「帰るわ。今日は変な気分。」
「ぢゃあな。」
スーは出ていった。コフィは鍵を掛け、冷蔵庫からピッチャーを取り出した。珈琲の香ばしい芳香が漂う。コフィはコーヒーを自分のグラスに注いだ。
「おまえは、なんでも自由にしていい。ただし、珈琲と珈琲に関係するものには、絶対に手を出すなよ。」
「絵に触ってもいいの?」
「好きにしろ。」
「なんで珈琲は駄目なの?」
「オレにとって神聖なものだからだ。」
「カフィって、誰。」
「弟だ。」
「僕は似ているの。」
「生き写しだ。」
コフィの左手の中指には、いびつな形をした五連の指輪が嵌っていた。
「よく、似合う指輪だね。」
「オレが死んだら、おまえにやるよ。」
「大切なものなの。」
「まあな。」
コフィは、赤いカプセルを珈琲で飲み干した。もう一杯、珈琲を注ぐ。そのままアトリエに持ってゆく。飲みながら、画く。
「オレはカフェイン中毒で、モルヒネ中毒だ。おまえを見たときは夢かとおもったが、スーが証言したんだから、夢ぢゃないよな。」
「僕はカフィぢゃないよ。」
「わかってる。年齢もちがうしな。オレとカフィは年子だった。」
「コフィは何歳なの。」
「二十四。」
アイス珈琲をちびちびやりながら、コフィは絵の具を使う。水彩絵の具特有の、湿気た、金魚みたいな匂いがする。カフィは透明水彩絵の具だけを用いるようだった。不透明水彩絵の具は、アトリエの何処にも見当たらない。
コフィは何度かアトリエと冷蔵庫を往復した。ピッチャーとグラスが空になると、
「ヤメ。」
と、云って、絵筆をすすいだ。
「どうして、やめるの。」
「一日ぶんの珈琲を飲むあいだしか、オレには画けない。」
コフィはキッパリ云った。
「オレは今から眠る。」
「あんなにカフェインを摂って、眠れるの?」
「オレは眠れるよ。」
コフィは寝室に入っていった。あとからカイエが覗くと、コフィはほんとうに軽い寝息を立てて眠っていた。
2008年11月3日号掲載
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