「どうして、贋作を画くの?」

「質問の多い奴だな。」

 朝のシャワーを済ませ、トーストを囓りながらコフィがうんざりしたような声で云った。

「どうして絵を画く。金になるからに決まっているだろう。」

「俗物なんだね。」

「誰だって、金のために仕事をしているだろ。」

「なんで、僕の絵を画いたの? カフィと似ていたから?」

「気まぐれだよ。」

 コフィはツェザーレ氏専門の贋作家だった。

 ツェザーレ氏は、十九世紀の画家で、ヌードしか画かなかった。花のようなヌードを何百点も遺したといわれるが、コレクションは散逸し、贋作も多い。

 コフィは朝の儀式にかかる。まず、豆をフライパンで煎る。豆の種類はトラジャ。酸味も苦みもなく、コクが深いとコフィは云う。豆を煎ったら、ひと粒ずつピンセットで皮を剥く。気の遠くなるような作業のあと、手動で豆を中挽きにする。それから、ウォータードリッパーにセットし、水が一滴ずつ滴下するようにする。コフィの珈琲は水出しなのだった。

 一滴、一滴、珈琲がサイフォンのなかに落ちてゆく。

「いつまでかかるの。」

 とうとう耐え切れなくなって、カイエは尋ねた。

「三時間で抽出終了が理想だ。」

 朝の儀式。一日ぶんの珈琲を作る。そのあいだ、コフィは文庫本を読んでいる。カイエは字が読めないので、本は借りない。代わりに、ブランカとブラウンたちが話し相手になってくれる。

 カイエもやっと、朝の儀式に慣れつつあった。

「ブランカ、ココアを淹れようか。」

 コフィは珈琲はひと口も飲ませて呉れなかったが、代わりにココアの淹れかたを教えてくれた。

 カイエは上質のココアパウダーにミルクと砂糖を加えて、四百回練る。十五分ほど寝かせ、また二百回練る。それから温めたミルクを加えて混ぜる。これで、できあがりだ。カイエは、トーストを食べずに、何杯もココアを飲むことにしている。できるだけ時間を潰したい。コフィは気が向いたときしか口をきいて呉れない。

「ねえ、どうして普通の絵を画かないの。」

「ゲームさ。」

 今朝のコフィは気が向いたらしく、文庫本を閉じた。

「スリルがあるだろう。」 ツェザーレ氏には、未発表作品が数多くある。フロックコートは、新しく発見された作品だ、と云って、客を騙しているという。

 コフィはたくさんの絵を画き溜めていたが、小出しにしかしない。

「絵は金がなくなったときだけ、売る。」

「フロックコートさんは怒らないの。」

「スーの話す限りぢゃ、焦れているらしい。だけど、それくらいが、ありがたみがあって、ちょうどいいのさ。」

「あんた、性格悪いって云われない?」

「さあ。友だちは、スーしかいないから。」

「なんで、僕をペットに決めたの。」

「オレと釣り合うからだ。オレは美しいものしか生活に取り入れたくない。」

「その割りには、ミュルが大発生するね。」

「基本的に怠惰な性格なんだ。」

 珈琲抽出のあいだに、ミュルの始末をするのも、カイエの重要な仕事だった。カイエがきてから、コフィはミュルとの戦いを完全に放棄した。

 

2008年11月10日号掲載

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