「あの、僕、着替えがなくて、」
「オレの服を着ろよ。」
「だって、ばら模様しかないんだもん。」
「ばらはキライか?イヤなら裸でいろ。オレは気にしない。」
「そういう問題ぢゃないよ。」
ウサギのブラウンが云った。
「なんで、ばら模様しかないんだよ。趣味が悪いよ。」
「ウサギ、耳を切られたいか?」
ブラウンは、カイエのポケットに逃げ込んだ。代わりに、羊のブランカが出てきた。
「僕はばらは好物だな。囓ると美味いんだ。」
「オレのシャツに穴をあけたら、珈琲染めにしてやるからな。」
「きみは、攻撃的すぎるきらいがあるな。直したほうがいい。」
「カイエ、動物どもを黙らせろ。」
カイエは、無言で、ブランカをポケットに押し込んだ。
「ねえ、ペットなら、少しは僕のことをかわいがったら?」
「おまえは、いるだけでいいんだよ。」
「なにそれ。」
「おまえのすべてを肯定する。」
子供の涙の粒のように、大きな涙が、ぽろぽろとカイエの頬を伝った。
「なんだよ。オレ、特別なことはなにも云ってないぞ。」
「云ったよ。」
「なにを云った?」
「僕を愛していると云った。」
「そんなこと、当たり前だろ。さ、いいからオレにシュリッツ・ビールを持ってきてくれ。」
コフィは、ヘビースモーカーの上に、アルコールもたしなんだ。食餌はほとんど摂らない。カイエは、冷蔵庫から、緑色の缶を取ってきて、コフィに手渡した。
「僕は、僕たちは、施設を脱走したんだ。僕は、七歳のときから、ずっと施設にいたんだよ。施設では、皆くるくるだから、自分のブランカとブラウンと喋ったり遊んだりして過ごすんだ。毎日、採血とか、脳波とか、ハルンとか、色々調べられて、脳のなかを覗かれて、裸を点検される。でも誰も文句は云わない。途中でいなくなる子もいる。でも、新しい子がくる。そのくり返し。スタッフは凶暴で、すぐ、くるくるを殴るの。でも、仕方ない。僕は諦めていた。ブランカが逃げだそうって、提案するまで。」
「ブランカもブラウンも、結局はおまえだろ。」
「ちがう! 二匹は生きている! あんたにも、声が聞こえているくせに。」
「そうだな。悪かった。」
「え、」
「なんだよ。」
「今、空耳を聞いた。コフィが謝った。」
「あのなあ、ヒトを鬼畜みたいに云わないで呉れない。」
2008年11月24日号掲載
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