「ぢゃあ、施設の先生に僕が見つかっても助けてくれる?」

「ああ、オレがおまえの保護者だって云ってやるよ。」

「引き渡さないの?」

「おまえはオレのものだ。そう決めたんだ。」

「カフィに似てるから?」

「ちがう。おまえを気に入ったからだ。おまえはなにも、心配しなくていい。」

 珈琲の最後の一滴が垂れた。氷を入れたグラスに注ぐと、残りは蓋付きピッチャーに流して、冷蔵庫に仕舞う。器具類をきれいに洗う。

 それから、コフィは仕事をはじめる。時折、カプセルを口の中で噛み潰して、珈琲で飲み込んでいる。コフィは仕事ちゅうは、煙草はのまない。コフィの煙草はガラム煙草で、とても甘い匂いがする。

 カイエはアトリエの隅で丸くなって居眠りした。夢を見た。妹とパパとママだけが船に乗る。カイエは溺れる。

 ママを呼ぶけれど、ママにはまるで聞こえていないようだ。パパは、幼い妹を抱き上げて、頬ずりしている。妹が、キャッキャッと笑う。やがてカイエは遊覧船のスクリューに巻き込まれて、手脚が、滅茶苦茶な方向に折れ曲がってしまう。頭が破砕される。

 誰かが、カイエを呼んでいる。

 カイエは薄眼をあけた。コフィがカイエを覗き込んでいた。

「おまえ、ヘンな薬とかやってないだろうな。」

「やってないよ。」

「ひどくうなされていたぞ。」

 カイエは額の汗を拭った。下着が背中にべったり張りついている。

「僕、なにか云った?」

「否、」

「僕はね、七歳のときにパパとママに棄てられたの。パパとママは、妹だけ連れていったんだ。なんでかなあ。僕が、くるくるだからかなあ。僕はいらない子供なのかな。」

「パパとママには不要品でも、オレにとってはかわいいペットだ。気にするな。パパとママなんて、忘れちまえ。」

「強引だなあ。」

「おまえが毎晩、うなされるから、オレは寝不足なんだよ。」

 コフィは、アイス珈琲をひと口、ごくりとやった。

「ねえ、その指輪、とっても大切なんでしょ。」

「ああ、死んだ弟の指輪だからな。」

「どうして死んぢゃったの?電気ショックが強すぎたの?」

「電気ショック?なにを云ってるんだ?」

「施設では、よくあるんだよ。」

 コフィは苦笑し、

「電気ショックぢゃない。オレが殺したんだ。」

「嘘だよ。あんたは、ワガママで、勝手で、自己中心で、気まぐれで、性格悪いけど、人は殺さないよ。」

「殺したんだよ。」

 コフィは強い口調で云った。

「もう、この話はするな。」

「でも、」

「うるさい。黙ってろ。」

以下次号
2008年12月1日号掲載

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