「おまえは、くるくるぢゃない。多重人格者なんだ。」

「ハッハア! よく見抜いたな。」

 ブラウンが云った。カイエはキョトンとしている。

「僕らは三人組みさ。カイエが一見くるくるに見えるのは、僕たちが混線しているからさ。」

「コフィ、ハンバーグ食べないの?」

「ああ、おまえにやる。」

 カイエは、フォークでグサッとハンバーグを突き刺して食べはじめた。

「カイエ、オレは明日、養子縁組の手続きにいく。スーがきたら、梱包してある絵を渡して、金を受け取っておけ。」

「うん。」

「ブランカとブラウンは、カイエが間ちがえないようにチェックしてやれよ。」

 ブランカは、メェ、と云った。

「僕らは多重人格のところに、器を与えられ、三人で共存しているんだ。」

「からかわないで。」

 ブランカが、メェ、と啼いた。

「わかってもらえなくて、残念だよ。僕はカイエよりはるかに知能が高いんだけどね。」

「子供の遊びには、付き合い切れないわ。」

 スーは、赤いビニルテープでぐるぐる巻きの荷物を小脇に抱えると、

「ぢゃあね、」

と、云って出ていった。

「カイエ。鍵をかけろよ。」

 ブラウンが云う。カイエは鍵を掛けた。

「ココアでも飲もうか。」

「そうしろ、カイエが落ち着くなら。」

 そこで、カイエはココアを練った。カイエは時計が読めないので、ブランカに寝かせる時間を計ってもらった。

 カイエはぬるめのココアが好きだ。ココアバターの風味がいちばん損なわれないのは、八十度くらいなのだ。

「スーのこと、どうおもう?」

 カイエは尋ねた。

「わからず屋だ。」

「でも僕たちの事例は特殊だからね。」

 ブランカは、応え、早くココアを飲むように催促した。

 コフィは、特別依頼の贋作の制作に取りかかっていた。これには、オリヂナルの本物が存在する。フロックコート、一世一代の詐欺であるという。

 コフィは写真だけ見て、丹念に筆を動かしている。ナチスに接収されていた絵が、故人の蔵からでてきた、という嘘を客には話してあるらしい。コフィは画集と首っ引きだ。珈琲を飲むピッチがあがっている。

「カイエ、珈琲。」

 カイエは、急いで冷たい珈琲を持ってくる。コフィは無言で受け取り、モルヒネのカプセルと一緒にひと口飲む。

 カイエはアトリエの隅で丸くなっている。電話が鳴った。

「おまえが出ろ。取り次ぐんぢゃないぞ。」

コフィに云われて、カイエは電話を取りにいく。

「もしもし?」

「あんた、誰?コフィと代わってよ。」

「きみは誰?」

「コフィの昔の恋人よ。」

「今、コフィは忙しいんだ。電話には出られないよ。」

「ふうん? あんたが新しい仔猫ちゃんって訳? 男にまで手を出すようになっちゃお終いね。さよならって云っておいて。」

 電話はガチャンと乱暴に切れた。

「誰からだった?」

「昔の恋人だって。男に手を出すようになっちゃお終いだから、さようならだって。」

「けっ、こっちこそ今さら用はねえよ。でも、誰だろう。ま、名前を聞いてもおもいだす確率は低いけどな。」

 コフィは暖色の淡い美しい絵を画いている。カイエは、最初に出会ったとき画いた青い絵をおもいだしていた。充分、立派な絵が画けるのに、どうして贋作しなくては不可ないんだろう。

 スーはコフィがフェイクの人生を生きていると云った。現実が怖くなってしまったのだろうか。それとも、弟への贖罪の意味があるのだろうか。そんなことを尋ねたら、引っぱたかれそうなので、黙っている。

2008年12月30日号掲載

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