コフィの絵は、本物以上に本物に見えた。わざと消さずに残っている鉛筆の跡や、紙の劣化具合も普段より入念だ。コフィは十九世紀の紙をたくさん所有していた。絵の具にも古美色が出る粉をいつも溶いている。今回はその度合いがより強い。
何枚も、花びらのヴェールのかかった少女の裸体。ツェザーレ氏の絵は、色合いこそやさしいが、いつでもエロチックである。桃色の乳首をした十にもならない少女が、横たわっている。片手は、股間を隠しているようにも、ある行為を暗示しているようにも見える。
「珈琲、」
カイエは急いで珈琲を用意する。昼食は、コフィが決めた時間でなくても、自由に食べていいことになっている。冷凍のホットケーキがカイエの好物だが、今日は切れていた。
「コフィ、ホットケーキを買ってくる。」
「好きなだけ買ってこい。」
コフィはびっくりするほどの金を渡して呉れた。
コフィは町に出た。町はクリスマスイルミネーション一色だった。カイエがクリスマスと無縁になってから、十一年が経っている。カイエは、最初、このイルミネーションがなんなのかわからなかった。
皆、両手に荷物を提げて、忙しそうに歩いている。頬が火照って、シアワセそうに見える。いきなり、肘を掴まれた。そのまま車に押し込まれる。
「先生、」
車の後部座席には、施設のなかで、先生と呼ばれる職員が座っていた。後から乗り込んできたスタッフと先生に挟まれる。車はゆっくりスタートした。
「手こずらせてくれたな。」
先生が静かに云った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、電気ショックはイヤだ、」
「電気ショック十回だ。」
白衣の先生は、冷たく云った。コフィ。助けて。
先生が注射器を取り出した。カイエが左側に逃げようとする。そちらに座っていたスタッフが、背後から布でカイエの鼻と口を覆った。ツンとする匂いを嗅いで、カイエは失神した。
気がつくと、剥き出しのトイレがあるだけの懲罰室に転がされていた。ここのトイレは、十五分ごとに水が流れる。それ以外には、けして作動しない。
床に敷物はなく、ベッドもない。暖房は入っているが、自分では電燈もエアコンも調整できない。
「ねえ、コフィは僕たちが出ていったとおもうかな。」
ブランカが尋ねた。
「その確率は高いな。」
「でも、きみたちが残っている。ポケットのビー玉も無事だ。」
「いつ取り上げられるかわからないさ。」
ブランカは悲観的だ。
2009年1月7日号掲載
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