その日の昼食のあとだった。
騒ぎが起きた。スタッフが激しく走り回っている気配がする。やがて、懲罰室の扉がひらいた。コフィが立っていた。カイエはコフィに飛びついた。
「コフィ、助けて、殺されちゃうよ。肝臓を抜かれるんだよ。」
「この通り、精神錯乱を起こしておりましてね。当園で療養するのが最もよい環境なのです。」
「それぢゃ、この頭の火傷痕は誰がつけたんだ?」
「自分で、だな。カイエ。」
「嘘だ。電気ショックだ!」
「彼の妄想は深い。治療の必要があるのです。」
「オレはこいつの保護者だ。なんなら裁判所に届けてみろ。それから、オレがここから戻らなかった場合、ここでの真実はマスコミにリークされる。新聞社にも、週刊誌にも、仲のいい友人がいるからな。今も会話は電波で飛ばしている。」
先生が舌打ちした。
「では、引き渡します。その代わり、」
「ああ、記事にはならないように図ってやるよ。それから、カイエのズボンの後ろポケットにはチップが入っている。ここでの全会話が録音されている。もし、これからカイエが消えることがあったら、ぜんぶマスコミに流れるとおもえよ。」
「ぐ、」
先生は、唇を噛みしめた。顔面蒼白だ。
「退院だ。外へご案内しなさい。」
スタッフが、二重扉をあけて、廊下に出る。施設の外には、ハイヤーが待っていた。
「ぢゃ、さよなら。」
カイエとコフィが乗り込むと、車はすぐに発車した。カイエはコフィにしがみついたままだった。
「おい、放せよ、」
「もう駄目かとおもった。肝臓を取られるところだったんだ。」
「大丈夫だ。もう大丈夫。」
「あんたがきてくれないんぢゃないかとおもった。」
「オレの大切なペットが誘拐されちゃ、黙っていられないからな。」
コフィは煙草に火を点けた。なつかしい、ガラム煙草の甘い匂いが漂う。
「愛徳園は、精神病院として登記されていたよ。とんでもないところだな。」
「地獄だよ。僕、電気ショックを十回かけられた。」
「先生とやらを一発殴ってくりゃよかったな。」
コフィは、不機嫌そうに煙を吐いた。
「そんなのんびりしたものぢゃなかったんだ。」
ブランカが云った。
「今週ちゅうにも、オペされるところだったんだ。」
「危機一髪か。」
「あと一日遅かったら、カイエは地上から消えていたよ。そして僕らも。」
コフィは、カイエのヒヨコのような頭を、まりまりと撫でた。
「髪、伸ばせよ。きれいな色だ。」
「うん。ありがとう。」
カイエは小さな赤いビー玉をポケットから取り出した。油ビー玉だった。
2009年1月19日号掲載
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