「これを、おまえにやろう。」
コフィが、ビニルパックをカイエの手のひらに乗せて呉れた。油ビー玉の詰め合わせだった。
「わあ。惑星がこんなに、」
「もっと探検しろよ。名所を発見したら、教えて呉れ。」
カイエは聞いていなかった。チャックをあけて、ビー玉を数えている。
「二十粒!桃色、黄色、青、紫!」
「気に入ったか?」
「うん、凄く。僕、しばらくは、さすらい人になるからね。珈琲が欲しいときには大声を出してね。僕は旅に出ると、耳が遠くなるんだ。」
絵を画くコフィの横で、カイエは惑星探査に入った。青い惑星を選んだ。
「なにか、発見したか?」
「巨大なクレーターがあるよ。これは、雨の海、こっちは蒸気の海、これは、晴れの海に、アペニン山脈。うん、どうやら海ばかりの惑星みたいだ。塔も建っているな。ミニチュアバベルだ。」
「見せろ、」
「僕、まだ、探索ちゅうだよ。」
「いいから寄越せ。」
「ヤダ、」
カイエはビー玉惑星のこととなると、途端に吝嗇家になる。しかし、いっぺんに二十粒もの惑星を手に入れて、何処からどう見ようかと目移りしてしまう。
コフィはツェザーレ氏の色鮮やかな少女画を画いている。
コフィは、最近、朝食と昼食が一緒のころに起きてくる。カイエは、冷蔵庫のチーズを食べたり、お気に入りのホットケーキを温めたりと、勝手に食餌していた。コフィは、ミュルと戦おうとしないので、増殖するミュル対策も、カイエが取る。
コフィはモルヒネを飲む量が増えた。睡眠時間も長くなった。それがどういうことなのか、カイエにはわからない。惑星探検もしなければならないし、女からの電話は切る。時折、ココアを淹れる。
コフィの、ツェザーレ氏の贋作を見たりもする。どの絵も、透明水彩絵の具だけで画かれ、色鮮やかで儚げだ。
カイエは買い物にも出る。鳩を買ってきて、鳩パイをこしらえる。せっかく作ったのに、コフィは食欲がないと云って食べない。代わりに、スーが食べてくれた。
「これ、荷物。」
「ありがとう。コフィはまだ寝ているの?」
「うん。」
「愛徳園のニュース見た?」
「僕たち、テレビはあまり見ないから。」
「職員の乗ったバスが崖から転落よ。全員、脊椎損傷。」
「それ、どういう意味?」
「もう、歩けないってことよ。」
「いい気味だ。さんざん、僕らに電気ショックをかけて、云うことを聞かない子供は大脳の一部を削って人形みたいにして、そしていつかは臓器を抜く。」
「今日のタブロイド番組を見なさいよ。凄い騒ぎよ。」
「ひとり残らずなの?歩けなくなったのは。」
「もちろんよ。あんたを殴った奴も、蹴った奴も、躯のいちばんプライヴェートな部分さえ守れなくなったのよ。」
「いい気持ちだね。」
以下次号
2009年2月22日号掲載
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