スーが帰ったあとで、テレビを点けた。呪いのバス事故、とキャスターが喚いている。カイエは興味がなかったので、すぐ消した。それより、惑星探索だ。まだ、すべてのビー玉の地理を頭に入れていない。好きなときに、好きな風景を見られるようにならなければ、その惑星の持ち主とはいえない。
コフィが起きだしてきた。もう、十二時だ。コフィはいつも通り珈琲を作り、抽出を待つあいだ、文庫本を読んでいた。途中で、赤いカプセルをふたつ噛み潰した。
「不味くないの?」
「慣れりゃな。」
カイエの髪は、やっと数センチ伸びたところだ。コフィはまじまじと、灰桜色の髪を眺めて、
「カフィと同じ色だ。」と、云った。
「モルヒネのやり過ぎなんぢゃないの。同じ髪の色の人間なんて、いやしないよ。」
「そうだな。で、名所は発見したのか?」
「カナリヤ湖と、プディング山を見つけたよ。羊の野原もある。」
「黄色いビー玉か。」
「そう。」
コフィは上半身裸のままだった。左腕が包帯だらけだ。
「どうしたの、それ。」
「ああ、切ったんだ。」
「自分で?」
「そうだ。」
「どうして?」
「カフィに捧げる生け贄の血だ。」
「血を出すと、カフィがよろこぶの?」
「ああ、あいつの笑い声が聞こえる。」
「コフィ、医者にいったほうがいいよ。」
「医者か、」
何故かコフィは自嘲的に笑った。
「医者になら、もうかかってる。」
「そうなの。」
「毎晩、切るのさ。そうすると、弟が近づいてくる気がする。」
「躯に悪いよ。」
「もし、オレが死んだら、約束通り、指輪はおまえに呉れてやる。」
「どうして死ぬなんて云うの。」
「オレは、死にたいんだ。」
「かわいそうに。」
ブラウンが云った。
「メェ。きみからは、病の匂いがする。」
「そうなの?コフィ。」
コフィは、水の滴下速度を速めた。そして、びっくりすることには、そのままのめるようにテーブルに突っ伏して眠りはじめた。
2009年3月1日号掲載
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