「コフィは病気なの? ブランカ。」
「メェ。腐った臭いがする。」
「ブラウンも?」
「僕は、心臓の拍動が弱くなっているのが聞こえる。臭いはわからない。」
不安にかられて、カイエはコフィを揺すった。コフィはなかなか眼醒めなかった。眼醒めるころには、珈琲の抽出が終わっていた。
いつものように、氷を浮かべた珈琲を飲みながら、コフィは絵を画く。今日は、デッサンをしている。コフィはツェザーレ氏の画風を完全に会得していた。淡い色の少女たちは、いったい人間だろうか。カイエは溜められている絵を引っぱり出して、一枚ずつ鑑賞する。どの絵にも、ツェザーレ氏のサインが入っている。
コフィは、カイエがポップコーンを食べながら絵をいじっても叱らない。かえって、絵が汚れていいと云う。今も、カイエはポップコーンを食べながら、色彩の妖精たちを眺めていた。
美しいが単調である。どうも見憶えのある絵だとおもったら、先刻見たばかりだった、ということも多い。ツェザーレ氏は、ひとりの少女のことだけを画いたのではなだろうか。だからこそ、コフィは贋作するに当たって、ツェザーレ氏を選んだのではないだろうか。コフィは弟に固着している。ツェザーレ氏の絵に、喪失者同志の、シンパシーを感じたのではないだろうか。
「ねえ、コフィ、コフィのパパとママは?」
「もう、いない。」
「そうなの。ごめんね。」
「否、おまえがいるからいい。」
ほ・ら・ね。コフィはカフィのことが、今でも大好きなままなんだ。
カイエは次々に絵を引っぱり出した。薄ぼんやりした少女の顔は、確かに、ひとりの少女を選んでいるように見えた。
コフィにそれを云うと、
「知らなかったのか。ツェザーレ氏のモデルは、彼の従兄弟の子供だよ。成長してからもモデルに使ったけれど、それは記憶のリピートの補助具でしかなかったんだ。ツェザーレ氏が愛したのは、十歳から十五歳までの、マリィだけだ。」
「ツェザーレ氏は結婚しなかったの?」
「彼には、女性の性器から赤ん坊という個体が出てくるのが我慢ならなかったんだ。マリィと結婚したけれど、妊娠すると離婚した。それからも、少女時代のマリィを画き続けたんだ。」
2009年3月9日号掲載
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