カイエにとって、そのエピソードは興味をそそるものだった。コフィは、僕の髪が伸びたらどうするのだろう。僕が、完全な大人になったら、どうするのだろう。そのときこそ、僕の絵を画いて呉れるだろうか。
カイエは、絵を仕舞った。そして、ミュルの群れと戦った。
「おまえも、なにか画いてみるか?」
コフィが気まぐれに云った。
「うん。」
カイエは、スケッチブックとパレットを渡された。絵の具は、コフィのものと、なかまにする。
カイエは、青一色で画いた。二枚画いて、退屈なので、『カナリヤ死んだら月に帰そ。』だの、『ザラメ雪、カステラ雪、踏みにじったは誰の靴。』などと文章を添えた。カイエはコフィの手ほどきを受けて、簡単な読み書きができるようになっていた。
「デッサンも遠近法も無視してるな。」
できあがった絵を見て、コフィが笑った。
「駄目なの?」
「いや、いい絵だ。これでオレも安心して死ねる。」
「自殺するつもりなの?」
「その話はあとにしよう。まずは、おまえの画いた絵のことだ。値段とタイトルをつけろ。」
「ぢゃ、カナリヤ。あと、雪と夜。」
「値段は、これぢゃ駄目だ。」
コフィはゼロをひとつ付け足した。
「そんなに高くちゃ、売れないよ。」
「否、売れる。いい絵だ。そうおもうだろ、ブランカとブラウン。」
「メェ。悪くない。」
「水彩画の天使誕生だ。」
三人から褒められて、カイエはもじもじした。
「僕、絵なんか画くのは初めてなのに、」
「天才ってやつだな。この手の絵は、ブリミアの患者が好むんだ。文化人好みでもある。売れるぞ。オレの贋作も、ぜんぶおまえにやる。売るなり棄てるなりすればいい。」
「イヤだ。死ぬみたいなことを云わないで。」
2009年3月16日号掲載
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