「あら、久しぶり。」

 ドアをあけたのは、スーだった。

「コフィの云うとおりだったわ。きみは、戻ってきた。」

「コフィは生きてるの。」

「とっくに死んだわ。あたしは、きみが戻るまで、この部屋のミュルと戦っていたの。」

「それはありがとう。」

「コフィは最期までカイエを待っていたわ。」

「僕、悪いことしちゃったのかな。」

「否、コフィは死ぬところを見られたくなかったよ。」

 と、ブラウン。

「あんたの絵、売れたわ。二枚とも。はい、お金。」

「お金はいいんだ。先にもらってる。」

「これからも、続ける気はあるの?」

「うん。」

「ぢゃ、コフィのパレットをあげる。あたしは、きみが帰ってきたら、みてやるように遺言されているの。」

「ひとりにしてくれる?泣きたいんだ。」

 カイエは寝室に入り、ベッドの上で丸く躯をちぢめた。

「原罪なくして宿りし、聖マリア。御身を以て願い奉る。我らのために祈り給え。」

 カイエは泣かなかった。ただ、同じ祈りをくり返していた。毀れたロボットのように、祈りの声は流され続けた。自分が何故泣けないのか、ふしぎだった。

「メェ。泣くこともできないのか。」

「薄情だな。」

「ブランカとブラウン、僕は泣きたいのに、涙が出ないんだ。」

「そういえば、きみはあの人のことで泣いたことはなかったな。」

「涙色の絵をたくさん画いたよ。」

「ぢゃあ、スーに見せにいけよ。」

「うん。そうする。」

 カイエは起き上がった。

2009年4月13日号掲載

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