スーはリビングに座って、一心にスケッチブックを見ていた。
「あの、指輪は、」
「はい、これ。あいつね、最期は失明して、人の気配がするたびに、カイエか、カイエか、てさ。どうして死ぬときそばにいてあげなかったの。」
「コフィは死ぬとこ、見られたくなかったとおもう。」
「ずっと、呼んでいたわよ、きみのこと。」
「僕は間ちがえたことをしたんだね。」
「そうよ。あなたも死ぬべきよ。刺してやりたいわ。」
「僕は、記憶のなかだけで生きるよ。それで赦してもらえないかなあ。」
「赦せないけど、赦すわ。その代わり、ずっと画くのよ。やめたら殺すわよ。」
「うん。」
「きみのスケッチブック見たわ。ぜんぶ、フロックコートのところへ持っていくけど、かまわない?」
「あれが売れるの?」
「きちんと額装してね。売れるわ。値段はフロックコートが決める。小出しにして売っていくことになるとおもう。」
「世話になるね。」
「あら、くるくるのくせに、まともな挨拶もできるのね。」
「今のは、ブラウンが喋ったんだ。」
スーは呆れ顔になった。
「まだその遊びをしているの。」
「メェ。遊びぢゃないよ。僕らは三人なんだ。」
「あたしには、きみがひとりで喋っているようにしか見えないわ。」
「それでも三人いるんだ。コフィはわかって呉れたよ。」
「あいつには芝居気があったのよ。」
スーは肩をすくめた。
「髪、ずいぶん伸びたのね。」
「切らないんだ。」
「ますます、カフィに似てきたわ。」
「僕の絵、いいの。不味くないの?」
「いいわよ、とっても。デッサンは狂ってるし、遠近法も無視されているけど、そこに妙な中毒性があるの。文字が入っているのも珍しくていいわ。きみは、立派な絵画きよ。」
「僕はただ、記憶のなかのコフィを追っているだけだよ。」
「だからノスタルジックな匂いがするのね。とにかく、この絵は買い上げだから、きみには大量のお金が入るわよ。」
「僕、コペパンが食べられれば、別にお金なんていらないよ。」
スーは首を振って、
「きみ、やっぱりイカレてるわ。有名になるのよ、間ちがいなく。うれしくないの?」
「僕はおもいでのなかだけで生きている。新しい人のことは知らない。」
「明日、現金を持ってくるわ。」
スーは出ていった。
2009年4月20日号掲載
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