か細い赤ん坊の泣き声。
肩から下しか見えない女、ぜえぜえと息をあげ、なにやら呻いたりもしている。乱暴にトイレットペーパーを手繰り寄せると、股間から内ももを伝い踝まで流れている血をごしごしふき取る。大きく息を吐きながら壁にもたれズルズルと座り込む女。
傍らに大振りのバッグ。トイレットペーパーで作った鳥の巣の様な塊の中に乾いてない赤ん坊が泣き続ける。姿は見えない。
女 「はっ。ははっ」
ウッと呻きつつよろけながらも立ち上がる女。ドアを開け辺りの様子を窺う。
雨。人の気配はない。
バッグから買ったばかりのバスタオルを引っ張り出し、個室を出ると、蛇口の水でタオルを濡らし軽く絞る女。再び個室へ戻り、鍵をかけるとつらそうに屈み、赤ん坊の体を拭く女。
女 「ごめんね、ごめんね」
取り乱した声。
言いながら自分の足や股間をタオルでふき取り、パンストの袋を破ると、よろけながら履く。息をあげ壁にもたれ、煙草を取り出し火をつける女。バッグを持ちドアを開けて個室を出る。
一旦公衆便所から出て、足を止める女。
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
しばらく逡巡し、振り返ると足早に個室へと戻る女。
てきぱきとした動作で傍らに置きっぱなしだった汚れたバスタオルを赤ん坊に被せる女。
赤ん坊の視点、下から上に被せられるタオル。
闇
闇
アウトドア用のランタンに火が灯るその灯をかざして地下道を進む、すわん。少しいくとちょっとしたスペースがあり、脇にキャンプ用の折畳みテーブルと椅子が隠してある。足下にランタンを置き、セッティングを済ませるすわん。ヒップバッグから缶ビールと本「ボルヘス・オラル」を出し寛ぐ。ふと水流に目を遣るすわん。様々な塵芥に混じって、小さなリボン付きの箱が流れてくる。何気なくそれを拾うすわん。汚れてはいるがプレゼント用である。
北見の自宅薄暗い部屋、一人掛けの巨大なソファに浅く腰をかけている北見。その正面にある、流線型で猫足のカウチに横たわっているすわん。カウチの後ろ側からすわんの足を撫で上げるようにして絡みついてくる佳代子。
はだけた下着姿ですわんの体を愛撫し、肌に軽く歯を当てる佳代子。
かすかに反応するすわん。
煙草に火を着けると、箱のリボンを解き中を開ける。
すわん。長方形のケースに入った真珠のネックレス。メッセージカードも添えられているが、滲んで読み取ることはできない。
ネックレスを玩ぶすわん。
下着を絡みつかせたまま、佳代子に愛撫され続けているすわん。次第に息が荒くなるが何かに耐えるような表情。その二人を見ながらソファで懸命に股間をしごく北見。
横目でそれを見ると、おもむろに体位を入れ替え、今度は佳代子を責めはじめるすわん。待ってましたと乱れる佳代子。
ネックレスをランタンに翳すすわん。耳に両手を当てる。
すわん 「あー……」
次第に声量を上げ、ふっと溜め息をつくすわん。
それまで静かすぎた地下水道に、濁流の流れる轟音。
すわん 「あたしは、あたしの声が聞こえてる」
ネックレスを握りしめ、宣言するように姿勢を正す。
すわん 「あたしはあたしの声と水の流れる音が聞こえてる」
イッちゃったあとぐったりとカウチにうつ伏せている佳代子。ソファの北見に寄り添い、立ったまま体を触らせているすわん。佳代子ムクリと起き上がる。
すわんの唇を吸おうとする北見。その頭を後ろから掴み、邪魔をする佳代子。
佳代子 「ダメだったみたいね、また。最初はあなたの治療と思って付き合ってたけど、あなたがいつまでもそんなだから、最近じゃ男とするセックスのほうが、不自然な感じになってきてるのよ」
蔑む佳代子。北見情けなさそうにすわんの腰に抱きつく。何も聞こえてないすわん、優しい顔で首を傾げ、北見の顔を覗き込む。
北見の頭を胸に抱こうとするすわん。その肩を佳代子が掴み「今度は二人で会わない?」と書かれたメモをつき出す。
ギョッとする北見。静かに微笑んで首を横に振るすわん。
北見 「そ、そうだ。すわんはこの私との契約で、月二回こうして来てくれてるんだ。いい、いい子だ、すわん。(素早くすわんの頬に触れる)来月からは今までの倍、振り込むようにするから……」
困った様子で傍らのハンドバッグから聴覚障害者カードを出し、二人に示すすわん。
ランタンに翳したネックレスを見ているすわん。ちょっと匂いを嗅いだりもする。
すわん 「首飾りの糸、人間の絆、個と個を繋ぐなにか。眼に見えれば触れるのに。歯で噛むことも。そのほうがいいのにな、そのほうが素晴らしいのに」
リュックからスタンガンを取り出すすわん。ネックレスに押し付け電撃で糸を切る。
すわん 「真珠に穴を開けたら、もう真珠じゃない」
跳ねながら水流へと消えていく真珠。目を閉じて再び耳に手を当てるすわん。水流の音が次第に激しくなり、突然無音になる。
ビールを一口飲むすわん。
ロマンス通り夜の街をさまようハルチカ。
公衆電話で電話をかける。
ハルチカ 「あ、もしもし村上ですけど、ああやっぱり工藤さん連絡とれませんでしたか。いいっすよ、じゃあオレが今日も入りますよ。ちょうど近くにいるんで、じゃあ時間は二十三時でいいんすよね、ああ、はい。わかりました。んじゃ」
肩にリュックを背負い直し、再び街に溶け込むハルチカ。
2007年9月17日号掲載
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