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  「カナ君。ところで、私カナ君が好き」
 すずねは急に身を引くと向かい合わせに座り直す。
「おつきあいしてください。――と、いま言うべきだって思ったんだけど」
「えっ?」(なんだ、なんだ)
 要は混乱した。一大決心をして、生まれ持った霊感をどう受け入れていいのかが、わからないという悩みを打ち明けていたのではなかったか。その話の流れで、どうしてそういう言葉が出てくるのか。
「カナ君がつらかったのは、よおく、わかった。だから、もしいやじゃなかったら、私とつきあってください」
 すずねはきょとんとして、
「どうしてそんな不思議そうな顔してるの? 私、不思議体験に出会うと、なぜかやるべきことがわかっちゃうって言ったでしょ。今やるべきなのは、私、カナ君好きだから、やっぱりちゃんとつきあったほうがいいってことなの。それともいや?」
 話がどんどん進むので、彼は頭の回転が追いつかない。

  「見えちゃう、感じちゃうって、そんな顔するほど不幸なことなんだとしたら、私、カナ君といつも一緒にいたい」
 という科白の前半と後半のつながりが、どうしてもうまく理解できない。ただ、出会うべき人に出会ったのだという直感はした。だから彼は答えた。「よろしくお願いします」
 あまりにくだらない答え方に、二人は同時に、吹き出した。


 すずねによれば、まず彼らがすべきことはドロボウなのだった。
「いまなら、隣の夫婦は両方とも会社勤めだから、だあれもいないはずなの」
 すずねが言っているのは、隣の大家の息子の家のことである。濡れ縁の端から爪先立ちをして、彼女はとなりの塀をのぞきこむ。
「あそこに、物置があるでしょ」
 よくあるスチールの小屋型の物置。庭をつっきった向こう側に置いてある。「たぶん、あの物置の中にあるものだと思うんだ」
「何が?」呆然としながら要は問うた。
「私がドロボウしなきゃいけないものが」すずねは毅然としている。
「それって……何なの?」
「うーん、わかんない」すずねはあっさり答える。「カナ君。さっき女の子が見えたって言ったでしょう。あの子が、そうしてほしいんだと思う」
「……?」
 要は、さっきの女の子の気配を探した。あまり強くは感じられないが、部屋の中にうっすらと漂う気配は、幼い彼をたびたび脅かして、人からみればわけのわからない大泣きをさせるような、いまでも油断すると、道すがらうっと呻き声をあげてへたりこんでしまうような、凶悪だったり重苦しかったりする、怨念に満ちたものではなかった。なんとなく、彼女の着ていたブラウスのように水色がかっていた。そして、現実にすずねの友だちだと思ったぐらいだから、漂わせている気配は穏やかで、少し寂しげに感じられた。

 

 

 そこで、さっそくドロボウのオペレーションが始まった。
 まず、子供のよくやる <ピンポンダッシュ> で、閉め切られた隣家にだれもいないことを確かめる。そして庭を囲うように立っている周囲の二階建ての家屋の窓の様子をしばらく二人で見回した。一方は鉄骨の瀟洒なアパートの側面で、隅の部屋の出窓から庭を見下ろすことができたが、カーテンが下りていて、そこの住民は留守のようだった。もう一方は普通の住宅だが、トイレと浴室の窓ぐらいしか庭には面していない。あとは細い道に面した一辺だが、うまく庭をつっきれば物置が目隠しになるはずだった。
「じゃあ、行ってくるからね。そうね。だれか来たら洗濯物が落ちたってごまかすから、これ、放り投げて」
 すずねは、ブラウスを一枚チェストから取り出して要に渡した。
 彼女のはだしの足を両手で受けて塀を乗り越えるのを手伝い、向こう側に下りたことを確認する。すずねは、すたすたと、ためらいもなく庭を横切り、物置の扉に手をかけ、錠がかかっていないことを確かめると、両手で扉を持ち上げるようにしてそっと開ける。キュルキュルキュル――いやに大きな音が響いて要は思わずあたりを見回すが、怪しんで窓を開ける者もいない。
 体ひとつぶん扉を開けて、すずねはもぐりこんでいく。要は、その細長い黒い闇がむしょうに恐ろしいような気がした。彼女はなかなか出てこない。何をしているのか、ごそごそ中をかきまわす音。あまり時間がかかるので、自分も塀を乗り越えようかと考えはじめたとき、ようやく彼女が出てきた。手にうすぎたないデパートの紙袋を持っている。開けたときと同様、持ち上げるようにしてそっと扉を閉める。要のいるところまで小走りに戻って来ると、塀越しに紙袋を手渡す。
「これは……」
 要がいいかけたとき、カチャンと門扉を開く音がした。

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