病室の午後、眠りから覚めた夢うつつの状態で、「仲良しなんだから……」で始まる言葉を口走ることがあって、そのたびに「何?」と問うと、母は相手が私だということにいま気づいたというように、口ごもって、ありきたりの会話を続けた。受験勉強は進んでいるのか、好き嫌いなく――私が好き嫌いなんかしたことがあっただろうか――ちゃんと食べているのか、桃子とは仲良くしているのか、新しい服はいらないかとか、あまりに平板で口調で繰り返される質問、パパがどうした、おばあさまがどうした、母の兄がやはりがんだとか、続けるのが苦痛になるような無意味な会話。
「仲良しなんだから……」
母は何が言いたかったのだろう。
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完全にペインコントロールされた母の最期はあまりにあっけなく、あまりにおだやかで、しかも周り中が準備万端整えて待っていたようなところがあって、私はさすがにもっとあがいて予想を裏切って快復してはくれないだろうか、と切に願った。だれもがもう最期だと思って、あと何日、何時間、その予想どおりに、母は死んだ。
私は合格発表の結果を伝えることはできなかった。見に行くことさえできなかった。母が死んだのはちょうどその日だったからだ。家庭教師の彼が結果を見に行ってくれた。電話が入ったときはちょうど病室からシーツに覆われた母が運び出されるところで、こちらから伝えることと彼が伝えてくれたことの軽重や喜怒哀楽が非現実的なバランスで混じり合って、私は、思わず、電話を切る寸前に愛してると叫び出しそうになった。
背後にあの人が近づいてくるのを感じた。異様な鋭敏さで、あの人の手が差し伸べられて、私の肩に近づいて、そっと置かれるであろうことを予感した。そして私はいままで味わったことのないほどの優しさで背中から抱きしめられた。私は泣いていた。
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