text/税所たしぎ
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前回

 濃い色の筋が波の上からのぞく、次のセットがやってくる。本当の名前は知らないが、タケと呼ばれる二十歳ぐらいの坊主頭を金色に染めた青年が、くるっと板の先を横に回し猛烈にパドリングを始める。一つ、二つ、三つ、小さなうねりをやりすごしたそのあとに彼のねらう波がくる。もりあがったうねりの上部に一カ所チリメンのようにしわが寄ってくる。そこから崩れ始めるのだ。

 おまえの波だ。

 涼は心の中でつぶやく。競い合う大会でもないし、知らない同士が波を取り合うようなポイントではない。一番いいところにいて、一番早く発見し、一番先にこぎだしたおまえの波だ。軽く沖に向かって波をいなしながら、涼はタケの後ろ姿に目をやる。澄んだ冷気にひびきわたる指笛は、陽気で少しおしゃべりなシゲさんだ。

 ほどよく掘れたピークで、ひとかきふたかき力のこもったパドリングで波の崩れていく速度にシンクロする。板がついと斜面にくいこみ水沫があがる。タケのテイクオフは素早かった。

 体は沖に向けながらも、涼の目はリズミカルな間隔できらめくトップターンのスプレーにひきつけられる。波を背にし見え隠れする上半身。そしてひととき間をあけて強靱なバネを感じさせる全身が現れ、板が鋭利な刃物のように円を描いて空を切る、一度、二度。

 一方で涼は次のセットに狙いを定める。ふと気づくとタケのさらに向こうに浮いていたシゲさんの姿はない。タケの乗った波の次の波で逆に向かってテイクオフしたらしい。白い飛沫とともに派手な緑の板だけが高々と縦に飛んでいた。グーフィーの波は少し崩れていくのが速すぎた。早々にロングライドを諦めたのだろう。

 もどかしいほどゆっくりこちらに向かって波がやってくる。そしてスローモーションのようにせりあがってくる。ピークに向かって斜めに海面を進む。が、まさに涼が向かっている場所に先に到着した人影を発見する。逆光で黒く映るロングボード。見覚えのあるシルエット。涼はその波でのテイクオフはやめて、すぐ裏の波に狙いを定める。ほんのわずかな首の動きとアイコンタクトでその意思は通じたようだ。

 名前は知らないが涼の親と変わらない歳だと思われる。この浜で何十年も波乗りをしている人間だと聞いている。表面的なローカリズムを振り回して徒党を組むやからではない。もともとこの浜でその手の話は聞かない。ローカルと呼ばれるしごく常識的な一群のサーファーがいるだけだ。その彼らとも一線を画し、わずかでも波が立っている日には、風景の要素の一つとして淡々とそこに浮かんでいる。気がつかないうちに現れ、いつのまにかいなくなっている。

 彼の波だ。

 と、涼は受け入れる。日に焼けた顔に深く刻まれたしわ。引き結ばれた口元。鼻梁のすっきりしたワシ鼻。まぶしそうに細められた切れ長の目。ほとんど白髪のやや長めの髪の毛。彼を見かけるたびにネイティブアメリカンのイメージが浮かぶ。子供のころ映画やアニメーションで刷り込まれたインディアンの酋長のイメージそのままに、われながら幼稚だと思いつつ心の中でホークさんと呼んでいる。

 ほとんど動きらしい動きも見せずに、ホークさんは長い板を波に合わせ滑り出すようにテイクオフしていく。それを横目に、すぐ裏の波を背後に感じながら涼もスピードを乗せていく。

 少し遅れてしまったか、おいていかれそうになり、がむしゃらに足をばたばたさせて追いつく。泡立つブレイクに半身埋まりながらもどうやらテイクオフ。立つと不安定な姿勢になるが強引に足でおさえつけボトムターン。その向こうに波の本当の力を秘めたなめらかなフェイス。そのパワーゾーンにはじけるように躍り出る。先へ先へとこれから描いていくマニューバの幻影が見える。必ずしも現実にトレースしていけるわけではないが、一つの波に一本の細く緻密な理想的なライン。ワンターンごとに遅れを少しずつ取り戻し、その幻影をつかまえた、と思った瞬間、涼はブレイクに追いつかれ、そのままもぐり込むように沖に向かって突っ込みスープを抜け、ライディングを終えた。

 

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      2005年6月27日号掲載