道中は美李の昔好きだったバンドの曲をかけてくれたりして、なごやかなムードだったのだが、目的地に近づくにしたがって夜の魔法が解けてきたかのように、美李は黙り込むことが多くなってきた。涼は、それを眠気と理解したようだ。たしかにほとんど寝ないまま出発したので、かなり眠たかった。
目的地についてからも、内心よくないなと思いながら美李はそっけない態度をとってしまった。起き出すタイミングを逃してしまったので、完全に涼の気配が去ってから、美李はごそごそと毛布から這い出てシートを起こしドアを開け外に出た。
ひんやりとした防波堤によりかかって海を眺める。階段はごつごつして少し尻が痛い。見た目が軽やかで気に入っているコートはこの寒気の中でじっとしているには薄すぎた。車に戻って涼のダウンを借り、その上から羽織る。打ち寄せる波の音。引き波が奏でるさざれ石の音。
息を深く吸い込み、明け始めた空を見上げる。うっすらと高い雲が金色に輝き、空全体は濃紺から茜へのグラデーションを見せる。気道がきりきりするような冷気に美李の身体はだんだん慣れてくる。
こんな朝の海を愛した人がいた。
美李は、自分が何か別のものを否定するために、海は好きじゃないと思い込んでいた気がしている。
海の近くに二十何年住んでいながら、海を見るのは久しぶりだ。冬の海に出かけるなんていうことは何年ぶりだろうか。子供のころは外遊びの舞台はほとんど海岸だったし、十代のころは四季を問わず夜遊びの仕上げは海で騒いだり和んだりするのが地元仲間の習慣だった。そして海辺のボードウォークや見晴らし台やテトラが思春期の友達同士の何か込み入った話の舞台になることもたびたびだった。
ある時期から、家から海へ通じる南へ延びる道は美李にとって鬼門のような存在となり、海といえば、体中を塩漬けにし午後には洗濯物を干せないほどべたべたする厄介な風や、強い南風の日にぱらつく砂や、白肌に害をおよぼす紫外線や、都会から電車でやってくる家族連れの喧騒や、傍若無人な若者の花火しか思い浮かばないようになった。近所の海でさえそんなふうだから、地元を離れてなじみのない海に来たのは本当に数年ぶりだ。
しかし、思い出せないほど小さいころから、数百メートルの距離を越えて彼女の部屋までとどく松籟と潮騒は子守歌のように親しいものだったはずだ。また、夕方の南風に乗ってくる潮の香りに季節の変化を、とりわけ夏の始まりの高揚感を感じていたはずだ。そして、美李の過去には、毎日のように兄に連れられて海に出かけて砂浜で遊んだり水際で波と戯れたりした日々があった。兄が心配するほど沖まで泳いだ夏があった。テトラから無謀な飛び込みをして血相変えて叱られたことがあった。
本当はそんなことを思い出したくない。だけど海は好きじゃないとすり替えるのもばかばかしい。美李は思った。涼と再会し、彼がやはり波乗りを始めたのだということを聞いたときに、彼女の中で小さな音を立てて切り替わったスイッチは、封印していた海の思い出をときはなつものだったのかもしれない。
涼は、あの豆粒のようないくつもの黒点のどれなのか。
彼女はダウンジャケットのジッパーを一番上までひきあげ、手首のあたりでもそもそとたるんでいる袖を伸ばして両の手を引き入れ、いちだんと丸く縮こまりながら、海面を見据えた。
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2005年7月10日号掲載
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