『 湘南から届いた夏の怪談話? その一!
ヘタレなサーファーが、ある台風の日にいい気になって、まかせろよってなもんで彼女と海に入ったんだって。彼女まだ初心者でこわがってたらしいんだけど、平気平気って連れて入っちゃったわけ。だけどヘタレなもんだから自分でも必死こいてたら、ふと気がつくと彼女いないじゃん。大騒ぎになったんだけど、とうとうその日は見つからなかった。次の日も次の日も見つからなかった。んでもってその次の日、テトラのすきまで息絶えた姿で見つかったんだ。流れがきついときってのは、そういうとこに吸い込まれちゃうんだね。覚えといたほうがいいよ。で、そんなことがあったってのに、次の夏、その彼氏、しょうこりもなく新しい彼女と海入ってたんだって。その日は大した波でもなかったのに、そいつだけみんなの目の前でどんどん流されてった。そのうち突然、板から落ちて沈んでいっちゃった。流されていくのを見て、居合わせたサーファーが助けに向かったんだけど、「○○○許してくれーっ」って死んだ彼女の名前を叫んでたんだと。サーフボードには、真ん中あたりでぷっつり切れたリーシュコード、体と板をつなぐ命綱だね、が残されてたそうだ。いるよね、身の程知らずなサーファー。口ばっか達者でさ。オカでホラふいてるだけならいいけど、海じゃキケンキケン。自分のキケンだけならまだしも、他人巻き添えにしちゃあまずいでしょ、気をつけてよね。でも怖いよね、女の怨念ってのも。そっちも気をつけてよね』
何年か前ラジオで流れたくだらない話。その主人公のサーファーというのが美李の兄のことだという人たちがいた。下手な脚色。愚にもつかない噂。人物関係も目茶苦茶。もちろん真実を知っている人はたくさんいたけれども、おもしろがって何やかんや言い立てる人もいた。ラジオ番組でそれが流れたのと、怪談話の当事者が美李の兄だという噂が流れたのと、どちらが先かよくはわからない。
波乗り優先などとほざいて、大学の専攻科に残りモラトリアムを気取っていた兄だったが、結婚を決意した段階できっぱり学校を辞め中途採用の正社員として働きだした。ハワイで結婚式を挙げるのが彼女の夢なのだと、二人で貯金も始めていた。何事にもがむしゃらにつっこんでいく性格の兄だったから、どんどん無理をかさねていっても不思議ではなかった。
徹夜続きの激務のあと海に入るなんて無茶をさせなければ、強くとめていれば、と家族の後悔は深い。美李はその朝、久しぶりの海だとうれしそうに寝ぼけ顔の妹のひたいを小突いた兄の笑顔が忘れられない。あとから、運動中の突然死はたとえ過労でなくても起こり得ることなのだからご家族も気に病まないようにと医療関係者に言われたが、何のなぐさめにもならなかった。
結婚を前にして、学生アルバイトから正社員となり堅実な勤めを始めたばかりの若者を失った家族と婚約者の悲しみは、月日がたってもいえなかった。追い打ちをかけるように心ない噂が美李の耳に入ったのは、兄を亡くして数カ月後のことだ。
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2005年7月17日号掲載
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