text/税所たしぎ
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前回

 見覚えのある子だ、と白旗は、ウインドウをのぞきこむ若い女をみやった。たしかこのあたりの住民だ。近所のスーパーかどこかですれ違ったことがある。女は落ちつかなげにしばらくドアの前をうろうろしていたが、ふと目を離したすきに、姿を消していた。そういうことはよくある。

 表通りから少し横道に入ったところにある白旗の店「サーフ・フラッグ」は、一見の客にはかなり入りづらいたたずまいだ。しゃれた飾りつけがしてあるわけでもなく、女の子が興味を持ちそうな洋服や小物を置いてあるわけでもない。間口は狭いし、ただでさえ狭苦しい入り口付近のベンチには、たいていやんちゃ風な若者か、ただならぬオーラを持ったオヤジ連中がたむろしている。

 このあたりには、白旗の店とは違い、開けた明るいロケーションにカフェが併設してあったり、サーフファッションを豊富に置いてあったり、南国風の小物やハワイアンジュエリーを扱っているしゃれたサーフショップがいくらでもある。そんな店なら観光気分で海遊びにきた人でも、若い女一人でも入りやすいだろう。

 白旗なりに、少しは親しみやすい店になるよう、写真や絵や、ペイントした古いサーフボードを飾ったりして工夫はしているのだが、それでも

「ハタさんが店の中にどんと構えているだけで、入りづらいっすよ」

 と、口の悪い奴は言う。

 中背のよく日焼けし鍛えられた細身の体は年齢を感じさせないが、以前に比べれば筋肉が落ちた。腹周りのサイズは若いころから変わらない。顔は長年浴び続けた紫外線の影響か少ししわが増えてきた。目鼻立ちは彫りが深く海外のビーチでは日本人観光客に現地の人間とよく間違えられる。生まれながらのくせっ毛は海の中で水に濡れれば目立たないが、乾けばどうにもこうにもおさまりようがなく、かなり短く切ってもくるりとカールし、見ようによってはまるでパンチパーマだ。伸ばしたら伸ばしたでアフロヘアだ。いまは中途半端な長さで針金のカチューシャでまとめてあるからますますあやしい。

 鼻下と唇の下と顎の髭は、だれがなんと言おうと譲れないと何十年も生やしている。鼻の下が少し長いのが密かな悩みだし、顎には昔十二針縫った傷跡がある。昔バリのリーフでつくった傷だ。よく見るとそこだけ髭がまばらだ。

 五十を少し過ぎ白髪もだいぶ増え、髭にも白いものがだいぶ混じる。自分では好々爺の風情が漂ってきたのではないかと思っているが、その蛇みたいな奥まった切れ長の目が怖いと、店に来る若い女の子が冗談めかして言う。そして視線の動かし方が危険な香りがすると、まるで口説き文句のようにつけ足したが、ふだんから甘い誘惑に満ちたしゃべり方をする娘なので、翻訳すれば目つきが悪いということなのだろう。

 店とオーナーはそんな様子だが、アルバイト店員兼インストラクターのハヤトが担当している雑誌広告やホームページは親しみやすさをアピールしているので、まったくつてのない新しい客も最近はかなり増えている。彼らは主に初心者向けのサーフィンスクールと、白旗の弟が宮崎で経営するサーフショップと連携した宮崎ツアーを媒介にして固定客になっていく。

 

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      2005年8月8日号掲載