シャワーを浴びて人心地がつき、白旗の問いに答え、三人の女たちは口々に感想を述べる。
「海の中から岸を見たのも初めてなんです。子供のころは海から遠いところに住んでいたから海水浴なんか行ったことなかったし、就職して東京に出てきて初めて湘南の海に友達と遊びにきたときも、波打ち際でちょっと体濡らして、あとは砂浜で寝っころがって体焼いて海の家で飲んだり食べたりしたわね。結婚してこっちにおうち買って引っ越してきて子供ができても、海遊びはもっぱら砂遊びぐらいで、まいちゃんママに誘われなかったらほんと絶対あんな景色見ることなかったと思うわ」
「私は、だんなと付き合ってた若いころ、いっつも浜で待ってた。夏はサンオイル塗って日焼けしながら、春と秋は折り畳み椅子に座って文庫読みながら。冬は毛布にくるまってぶるぶる震えてコーヒー飲みながら。それがサーファーの彼女だって思ってた。映画やショッピング、約束は波のコンディション一つで反故にされる。海から上がってくるのを待っててあげる女、デートが台無しになっても我慢してあげる女であることが誇らしかったのね。だから結婚して子供が生まれてずっとずっと私は幸せだったわ。だんなはね、勤めが忙しくなって月に一、二回しか海に入れなくなって、最初のころは波乗り波乗りって言ってたのが、だんだん海のこと口にしなくなって、うっすら腹筋に贅肉がついてきて、私思ったの。女の人だっていっぱい波乗りしてる。今度は私が波乗り始めて、一緒にだんなと海に入って、昔のすてきだったあの人を取り戻したいの」
「まいちゃんママ、すごい、超熱い、憧れちゃう。波乗りできるようになったらかっこいいよね、サーファーガールいけてるし。あ、サーファーおばさんか。でも今日は全然だめだったわ。サーフボードに寝っころがってるのも精いっぱい。でもまたやりたい」
白旗は、彼女たちの興奮した口ぶりに、この中に、さて、波の魔性にとりつかれる人間はいるんだろうかとふと思った。波乗りの魅力にはまってしまうタイプというのが決まっているわけではなく、熱しやすく冷めやすい人間が波乗りだけは飽きないとか、好きこそものの上手なれが単純に通用しない場合があるとか、どれだけセンスがよくても結局波乗りに興味を持てなかったとか、長年、ビギナーの指導をやってきたが、いまだにその読みきれなさが不思議でたまらない。
陽子が最初に白旗の店に来たときも、友達に付き合わされていやいやという感じだった。スクールが終わったあとも、話に盛り上がるでもなく感動を示すでもなく、早く帰りたそうに見えたぐらいだ。だから、そのときのグループの中で一番最初にサーフボード――それは中古の初心者向けの長くて厚いショートボードだったが――を買いに店に現れたときは白旗はびっくりしたものだ。
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2005年9月4日号掲載
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