p r o f i l e

 

 元クラフトワークのカール・バルトスが来日し、東京と大阪のクラブでDJをやり、その最後に土浦のクラブ、r-foxに来ることになり、その前座でDJをやることになった、という話はすでに書いた。今回はつくばのアストロ・ラウンジでやっているDJではなく、そのレポートを書こうと思う。

 2006年4月9日(日)の夜のこと。

 実は私は毎週ラウンジでDJをやってはいても、ダンスフロアでやった経験はあまりない。というか実は2005年に初めてDJをやったのはクラブだったが、それ以来で2回目である。それでいきなりカール・バルトスの前座なのだから、無謀と言えば無謀な試み。しかしこんなチャンスは二度とないと思い引き受けた。だからかなり緊張していた。

 通常クラブは10時か11時がオープンだが、この日は日曜日なので7時オープン。私は5時半に r-fox に着いた。プランナーの石川さんや数人のDJ、スタッフが機材の調整をしていた。石川さんに「早いですねえ」と声をかけられた。調整が終わらないと機械にさわれないので、何をするでもなく、若いDJたちと自己紹介をしたりして、中をうろうろしていた。彼らに、何分になるんですかと問うと、30分と答える人が多く、「ええっ、オレは90分って言われているんだけど。90分もやっていいのかな」と思う。

 6時半頃になり機材調整が終わり、リハーサル。普段はDJはブースで回すが、大きなイベントの時だけはステージ上でやる。今回はステージ上。緊張する。

 機材は初めて使うものなので、慣れておかなければならない。ターンテーブル2個とCDJが2個。いつも使っている機材よりも高級な機材である。

 7時オープンと言っても、開始はたぶん遅れて7時半くらいになるだろうと予想していた。すでに外には10人程度お客さんの列ができはじめている。

 7時頃にカール・バルトス一行が到着。総勢4名。うち1名が通訳らしかった。日本語が流ちょうなドイツ人だった。ちょうど私がリハーサルをしているところだったので、機材を見に来たカールと英語で挨拶。カールは機材を見ながら、設定を変えてほしいと言いだした。レコードは使わずCDJとパソコンを使うので、と言う。エンジニアが呼ばれ、設定をし直す。チャンネル1と4にCDJを、チャンネル2と3にターンテーブルをつなげてあったのを、チャンネル1と2がCDJ、チャンネル3と4がターンテーブルという設定に変わる。頭に入れ直さなければならない。

 その影響で横スライダーが使えなくなった。したがって全部、縦スライダーでやらなければならない。通常、ロック系のDJは横スライダーでカットインという技法を使う。テクノ系はピッチを同調させて、いつ次の曲に行ったのか分からないようにつないで行くが、ロックの場合はピッチが全く異なる曲をつないでいくことが多いので、曲の終わりと次の曲の始めをいきなりつなぐのには横スライダーが簡単で便利だからだ。私は複雑なことはできないので、横スライダーを多用する。相当焦った。

 またカールは、クラフトワークと自分の曲はかけないでくれ、と言う。東京でプレイした時に、自分の前のDJたちがみんなクラフトワークをかけるので、予定していた曲をかけられず困ったと言っていた。私も1曲クラフトワーク、1曲カールを予定していたので、急遽プレイリストからはずし、別の曲を入れた。

 ようやく設定し直しが終わり、リハーサル。本番お願い〜す、というPAの声がかかったときには8時になっていた。まだ客は入っていないがとりあえず最初の曲をかける。

 では、その日のプレイリスト。

01
52 Girls / The B-52's
プランナーの石川さんからは、80年代というコンセプトを伝えられていたので、今日は80年代ヒストリー的な構成にしようと思い、最初にこれを選んだ。ノリがいいので。

これは、1979年のアルバム the B-52's から。当時私は大学生になったばかりで、フランス語を学び始めたばかりの私たちはBをフランス語風に「ベ」と発音し、このバンドを「ベゴニ」に呼んでいた。懐かしい。チープな感じのニューウェーヴロックだが、そのチープさは意図されたコンセプト。いま聞いても十分聞ける。

02
Mongoloid / DEVO
やはりこれかなという感じで、次はディーヴォ。本誌吉田編集長がこのバンドを愛していたのを懐かしく思い出す。いま聞くと全くテクノではないが、当時はテクノ系に分類されていた。黄色いツナギを着て、ヘンな帽子をかぶり、といういでたちで歌っていた。この曲は彼らの代表曲。Q:Are You Not Men? A: We Are Devo! というヘンなタイトルの1978年のアルバムから。

03
Blue Light / Ultravox
これも80年代って感じのウルトラヴォックス。うちの近くのレンタル屋に行くと、ヒューマンリーグやデュランデュランはあってもウルトラヴォックスのCDはない。私はいつもこの点に関して憤慨している。いま再評価しなければならないのはむしろこのバンドだ。

この曲は1978年のアルバム System of Romance から。このアルバムまでJohn Foxx が在籍する。彼らの最高作の評価がある3枚目のアルバム。その後、John Foxxはソロになる。しかし私はJohn Foxx脱退後のアルバムVienna もかなり好きである。

この曲はノリがよく、ダンスフロアに適している。

04
Western Promise / Ultravox
というわけで、彼らの1980年のアルバム Vienna から。

実は最初は同じバンドの曲を2曲はやらないことにしてあったのだが、カール・バルトスのリクエストでクラフトワークができなくなったので急遽追加した曲。

05
4 Hours / Clock DVA
インダストリアル系のバンド Clock DVA の1981年のアルバム Thirstから。
この曲を初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。すでにイアン・カーチスが自殺しジョイディヴィジョンが活動を停止していたので、なおさらだった。
私はこの曲のシングルも持っている。レコードの裏には Throbbin Gristle のリーダー Genesis P-Orridge の The Lion in a Cage という文章が1980という年号付きで印刷されている。その文は当時日本語訳をして、何かに載せたことがあるな。仲間と作っていたパンフレットみたいなものだったが。
そんなことを思い出す。

Clock DVA のCDはいろいろ欲しいのだが、品切れになっているものも多いようだ。

06
Wir Bauen Eine Neue Stadt / Palais Schaumburg
カール・バルトスがドイツから来ているので、ちょっとドイツを特集しようと思い、ドイツ系のバンドをかけた。

バンド名は何と読むのだろう。パレス・ションブルグでいいのだろうか。このバンドのリーダーはホルガー・ヒラーと言って、ソロでもレコードを出している。驚くべきことに当時日本版も出ていた。

この曲は彼らのデビュー盤に収録されている。プロデュースは何と、デビッド・カニンガム。いや、実は今回かけたのは、このアルバムではない。実は1982年の12インチシングルでかけている。このシングルは当時一度だけ聞いたことがあり、アルバム版も素晴らしいがこのシングルバージョンの素晴らしさに圧倒された。そして当時レコード屋で探したのだが、見つからなかった。昨年インターネットで検索しドイツのレコード屋が通販で扱っているのを知り、購入した。20年ぶりの再会という感じだった。送料やら手数料やらでたった1枚のシングルに5000円近くかかった。ちょっと自慢のレアアイテムです。

07
Der Mussolini / DAF
ドイツ特集第2弾はこれ。DAFの正式名称はDeutsch Amerikanische Freundschaft。独米友好同盟とでも訳すのだろうか。1981年のアルバムAlles Ist Gut から。当時のノイエドイッチェヴェレ、つまりジャーマンニューウェーヴ。重低音のビート。いま聞いてもかっこいい。

08
Snake Charmer / Jah Wobble + Holger Czukay + The Edge
ドイツつながりで、これも。これはアストロラウンジでもかけたことのある曲。これは静かに聴いてもいいし、踊ることもできる。やはり、天才Holger Czukay に敬意を表さなければ。1983年のマキシシングルから。

09
Crosseyed And Painless / Talking Heads
ドイツ特集を終え、トーキングヘッズ。1980年のアルバムRemain In Light から。このアルバムからは以前にアストロラウンジでも1曲かけたことがある。エスニック色の強い彼らの最高傑作。

10
Papa's Got Brand New Pigbag / Pigbag
ここら辺から、私の好きな The Pop Group系のバンドの特集。この曲はアルバムではなくシングルで出ていた。彼らの代表曲だろう。彼らは1982年にファーストアルバム Dr Heckle and Mr Jiveを出すがその頃の曲。現在はこのファーストアルバムのCDにボーナストラックとして入っているので聴ける。ファンク。

11
Stretch (Disco Mix /Rap) / Maximum Joy
次は Maximum Joy。以前にも書いたが、このバンドは長らくCD化されていなかったが最近ようやくunlimited (1979 - 1983) というCDが出た。もう一枚CD化されるはずなのだが、まだ出ていない。この曲は、ラフトレードの ROUGH TRADE Shops Post Punk vol.01 というCDに収録されているヴァージョン。

12
Colour Blind / The Pop Group
この曲もアストロラウンジで一度かけたことがある。1979年にデビューアルバム Y を出した時の衝撃はすごかった。1980年にセカンドアルバム For How Much Longer Must We Tolerate Mass Murder? というすごい名前のセカンドアルバムを出した。訳せば「あとどれくらい私たちは大量殺戮を我慢しなければならないのか」ということ。その後1980年に We Are Timeというアルバム未収録トラックやライブを寄せ集めたアルバムを出して解散。リーダー格のMark Stewartはソロになり、他のメンバーはRip Rig & Panic、Pigbag、Maximum Joy へと散っていく。

この曲は We Are Time に収録されている。

彼らのファーストアルバムが出た時、水上はる子がライナーノーツを書いていて、ロンドンでは若者たちがポップグループで踊っているらしい、すごい、というような意味のことを書いていたが、The Pop Groupは踊れる。(水上はる子ってところが時代を感じる!)

13
The Fox / A Certain Ratio
彼らの1980年の12インチシングルから。プロデューサーは Joy Division のプロデューサーでもあったMartin Hannett。彼ももう亡くなってしまった。

彼らはファーストアルバムを出す前に2枚の12インチシングルを出しているが、2枚とも私の愛聴盤。もちろんファクトリーレコーズから出している。

14
Shadow Play / Joy Division
やっぱJoy Divisionでしょう。DJを終えてバーで飲んでいたら、PAの人が出てきて一緒に飲んだ。彼は、「ぼくも Joy Division 好きなんですよ」と言う。私が「イアン・カーチスが自殺したと知った時は悲しくてねえ」と言ったら、「リアルタイムなんですね」と驚いていた。

この曲は彼らの1979年のデビュー盤 Unknown Pleasure から。傑作!

15
Blue Monday / New Order
イアン・カーチス亡き後 New Orderが再出発する。その当時の記念碑的名曲。この曲をかけると、たいていの人は「かっこいいですね」と言う。次にやる予定のDJがステージまで来て、私に「この曲、誰の曲ですか?」と聞いた。また若い人でもこの曲は大好きという人が多い。

1983年の12インチシングルでかけた。

16
The Perfect Kiss / New Order
これもカール・バルトスのリクエストによってかけられなくなった曲が出たために急遽追加した曲。1984年のアルバム Low Life に収録されている。このアルバムは長らく私の愛聴盤だった。


17
Photographic_ some bizzare version / Depeche Mode
Depeche Modeは人気バンド。すべての曲が好きなわけではないが、この曲は好き。このバンドは Mute Records のドル箱で、このレーベルは Depeche Modeで稼ぎ、その一方で実験的バンドに発表の場を与えてきた、という話を読んだことがある。

この曲は1998年に出た The Singles 81>85というベスト盤的CDに収録されている。とてもノリがいい。

18
18 Creatures of the NIght / Takkyu Ishino
日本を代表して石野卓球にも登場してもらいましょうという感じで、この曲。2001年のソロアルバム Karaoke Jack から。あとにつなげるためもあり、次第にノリのいいエレクトロニクスにしていこうという意図。

19
United [Two Lone Swordsmen Remix] / Throbbing Gristle
2004年に出た Mutant Throbbing Gristle というリミックスアルバムから。
このバンドは1980年代を代表するインダストリアルバンド。いまでも伝説となっている。私は彼らのアルバムをほとんど全部持っている。リーダーの Genesis P-Oridge はその後 Psychic TVというバンドを結成。残りのメンバーのうち、Cosey Fanittutti と Chris Carter は Cosey & Chris というユニットを結成し活動する。

このリミックスは実にかっこいいダンスチューンとなっている。

 開始が遅れたこともあり、だいぶ時間がおしていて、次のDJが後ろでスタンバイ、というか私の終了を待っていた。最後の曲をかけ、この曲がラストであることを次のDJに告げ、握手をして交代する。

 そのままダンスフロアに降りていくと、友人たちが踊っていて、皆とハイタッチ。お疲れ様、という感じ。まだ United がかかっている。私も皆と一緒に踊る。次第に人が増え、フロアには結構たくさんの人がいた。

 友人たちは皆口々に「かっこよかったよ」とか「プロのDJみたいだったよ」などと言ってくれたが、自分としては合格点最低ラインという気持ちだった。でも、やりきった充実感はあった。すでに時間は9時半になっていた。

 その後様々なDJが出てダンスフロアを盛り上げる。

 しかし私は一気に緊張が解け、友人とバーに行って酒を飲む。

 普段は鹿島でやっているというDJが登場し、ある曲をかけた時はバーにいた人たちも、何だこのかっこいい曲は?って感じでフロアに行った。日本の横笛の音色がダンスビートの上で舞っていてかっこよかった。あとで聞くと自分たちのオリジナルの曲なのだと言っていた。

 12時にカール・バルトス登場。

 自分の曲とクラフトワークの曲をかけていく。かけていくだけなら他のDJでもできるが、やはり本人がやっているというところが感動ものである。
フロアはいっぱいの人だった。どれくらいの人がいただろうか。もちろん私も踊る。

 最初から最後までステージの前にかじりついて聴いている若い男女がいた。
クラブに足繁く通うタイプには見えない地味な感じだった。たぶんクラフトワークの熱狂的なファンなのだろうと思った。私がプレイしている時からずっとそこにいたのだ。

 カールのプレイは90分間。最後の曲は New Order の Blue Monday だった。さっきオレもかけたんだけど、と思った。

 彼のプレイが終わると日曜日の夜だったこともあり、客は皆帰っていく。
そのあとに登場したDJは DJ Seirock といって茨城ではかつて有名なDJだった人だが、ちょっとかわいそうだった。

 数人のDJたちとVJがスタッフとしてカール・バルトスの控え室に行き紹介された。一番最初が私だった。英語で簡単な自己紹介をして、サインを頼み、私のCDを2枚渡した。他のDJたちも同様だった。

 最後に皆で記念撮影をして控え室を出る。とてもインタビューをしている時間的な余裕はなかった。

 すでに2時半になっていた。翌日に仕事がある堅気の勤め人には辛い時間だ。すぐにクラブをあとにした。

2006年4月17日号掲載

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