銀幕ナビゲーション-喜多匡希

12人の怒れる男

【人が人を裁くことの難しさ】 あとで読む

12人の怒れる男

 アメリカ法廷映画の大傑作として不動の評価を得ているシドニー・ルメット監督作品『十二人の怒れる男』(1957)の現代ロシアを舞台に脚色したリメイク作品だ。監督は『黒い瞳』『太陽に灼かれて』『シベリアの理髪師』などで知られる名匠ニキータ・ミハルコフ。ミハルコフは共同脚本にもその名を連ねているほか、出演もしている。本作は、2007年度ヴェネチア国際映画祭で特別金獅子賞(生涯功労賞)を受賞したほか、米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど、世界中で高い評価を得た。なるほど、評判通り、娯楽作品として申し分のない作品に仕上がっている。しかし、それ以上にお伝えしたいのは、本作が今の日本人にとって真に重要な社会派作品であることだ。

12人の怒れる男

【1人の少年が裁判にかけられている。父を殺害した罪で第一級殺人の罪に問われているのだ。3日間の審議も終わり、後は市民から選ばれた12人の陪審員による評決を待つばかりとなった。証拠も、動機も、目撃者もあり、有罪は免れないところ。誰もが短時間での結審を予想したが、陪審員1番の男がおずおずと無罪を主張したところから審議は思わぬ方向に……】
というプロットは1957年版と同じものだが、ミハルコフは、新たな脚色を幾つか施し、現代の息吹を吹き込んで見せた。また、被告の少年はチェチェン人であり、殺害されたのは、少年の養父である元ロシア人将校となっている。このことから、回想という形でチェチェン紛争の模様が描かれるのだが、そのリアルなこと! ミハルコフの描く戦闘描写を初めて目にしたが、ここにある徹底したリアリズムが素晴らしい。

 その戦闘シーンもそうだが、本作は人種や宗教・文化の食い違いが生んだ差別や紛争をドラマに組み入れているため、 <回想> という形ではあるが、 <陪審員室の外> が描かれる。1957年版が徹底した密室劇であったことを考えると、これは大きなポイントだ。冒頭、少年が悠々と自転車を走らせるシーンがある。オープニング・クレジットが、自転車の車輪に重なっていく様が心に残る見事なオープニングだ。その後の陪審員室の閉塞感と対照的で、ここでは <自由> が存分に息をしている。また、回想の戦闘シーンにおける <少年と犬> をめぐる描写では、暗澹たる状況の中で <生> が力強く輝く。加えて、陪審員室が改装中のため、その代わりとして学校の体育館を使用しているのも見逃せない脚色ポイントで、この体育館に迷い込んでくる小鳥が象徴的に描かれるが、この小鳥に託されているのは <自由・生> の折衷に違いない。

<生命の危機> から脱し、自転車を軽やかに走らせながら <自由> を満喫していた青年が、現在、小鳥たちと同じように囲いの中で <自由・生> の危機に瀕している。それは、自業自得なのかも知れないし、冤罪であるのかも知れない。圧倒的に前者である可能性が高いという中、この少年は、ただただ、見ず知らずの他人である12人の陪審員に人生を委ねるしかないのだ。このサスペンスが、ロシア演劇・映画界の重鎮たちによる名演によってこたえられない面白さ。

12人の怒れる男

 そして、ミハルコフはクライマックスに最大の問題提起を用意した。ここにあるメッセージは、 <人が人を裁くことの難しさ> を描いた1957年版の魂に、現代色を加えて真に秀逸。ミハルコフの <人が人を裁くのなら、その責任を持て!! 持てるのか!?> という叫びが、来年5月の裁判員制度導入を控えた我々の心に突き刺さってくるのだ。陪審員制度と、来年、日本で導入される裁判員制度は異なる点が幾つかあるため、全てを当てはめるわけにはいかないが、それでも大いに考えさせられる1本であることに疑いの余地はない。そこにあるべき責任を看過して、人が人を裁くというのは傲慢極まりないことなのではないか? ましてや、裁判員制度の結審は、全員一致制の本作とは異なり、多数決制であるという。反対意見があっても、少数ならば却下されるという矛盾がここにある。今、最も重要な1作である。

12人の怒れる男  http://www.12-movie.com/

原題『12』
2007年 ロシア 160分 配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ=アニー・プラネット

監督・製作・共同脚本:ニキータ・ミハルコフ
出演:セルゲイ・マコヴェツキー、ニキータ・ミハルコフ、セルゲイ・ガルマッシュ、ヴァレンティン・ガフト、アレクセイ・ペトレンコ、ユーリ・ストヤノフ、セルゲイ・ガザロフ、ミハイル・イェフレモフ、ほか

【上映スケジュール】
8/23(土)〜 東京:シャンテシネ
9/6(土)〜  愛知:名演小劇場
9/13(土)〜 大阪:第七藝術劇場
9/20(土)〜 大阪:シネマート心斎橋
近日公開予定 京都:京都シネマ 兵庫:シネ・リーブル神戸
そのほか、全国順次公開予定

 

2008年8月18日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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