この2、3年、日本映画界で落語にスポットが当たっている。津川雅彦がマキノ雅彦名義で発表した初監督作品『寝ずの番』(2006)がその先陣を切ったと言って良い。その後、平山秀幸監督が2作品続けて落語に材を採り『しゃべれども しゃべれども』(2007)、『やじきた道中てれすこ』(2007)を発表。また、中田秀夫監督による『怪談』(2007)も、落語の映画化である。メインではないが、岩井俊二監督の『花とアリス』(2004)では、落語研究会に在籍する青年が重要なサブキャラとして登場し、その高座も披露されていた。
昭和の時代にも落語物 or 落語家物は存在したが、その多くは芸道物や伝記物。一部で喜劇スタイルの大衆娯楽作が見られたけれども、現在ほどのブームとはならなかった。森田芳光監督の初期作品『の・ようなもの』(1981)が、大学落語研究会を描いて清新であったが、線にならず、点に終わっていた。であるから、今回の落語映画ブームは、平成の世に突如出現したものと言って良いのである。
その流れは2008年に入っても止まることがないようだ。ここで御紹介する『落語娘』は、ズバリ、「落語」をタイトルに掲げてみせているところなど、思い切りが良い。内容は正にタイトル通り。ミムラ扮する若手女流落語家・三々亭香須美をヒロインとした、気持ちの良い青春人情コメディだ。
監督は最早ベテランと言って良い中原俊。『櫻の園』(1990)で女性映画の、『12人の優しい日本人』(1992年)でコメディ映画の旗手として注目された彼は、大の落語好きであるらしい。となれば、本作は彼にとってうってつけの企画と言えよう。決して大作ではないが、肩の力を抜いて気楽に楽しめる気安さと、そこを支える安定力というものが本作にはある。この気安さが、小品の楽しみであり、その在り方は、大衆芸能であるところの落語の姿に通じるものがある。そういった中で生まれた本作は、特に傑作というわけではないが、やはり親しみやすい。この親しみやすさは微笑ましく、ありがたいものだと感じた。こういう映画がないといけない。
さて、若手女流落語家が主人公ということで、『しゃべれども しゃべれども』の女性版かと思いきや、それぞれの味が大いに異なっていて見比べてみるのも面白い。決して真似事・二番煎じではない独自の面白さがあるので、『しゃべれども しゃべれども』を既に御覧になったという方も楽しめることだろう。
『しゃべれども しゃべれども』では、古典演目の『火焔太鼓』が見せ場に用いられていたが、本作には <落語・『緋扇長屋』にまつわる呪い> なるものが登場する。劇中劇として披露される『緋扇長屋』は怪談古典落語。現代劇に、突如、時代劇が挿入されるため、観る側としては二つの味が楽しめて、なんだか得した気分になる。ここで中原俊は、『富江 最終章 〜禁断の果実〜』(2002)で培ったJホラーの要素を盛り込み、現代映画としての古典落語の新しい見せ方を巧みに織り交ぜて飽きさせず、やはり巧さを発揮している。この『緋扇長屋』はなかなかしっかりした噺だが、本作のために創作されたオリジナルである。落語ファンとしては新作の時代落語も楽しめるというわけだ。
最大の見所は、香須美の師匠・平佐を演じる津川雅彦。本物の大御所落語家にもひけをとらない巧さは絶品!!
落語娘 http://www.rakugo-musume.com/
2008年 日本 109分 配給:日活
監督:中原俊
出演:ミムラ、津川雅彦、益岡徹、伊藤かずえ、森本亮治、利重剛、なぎら健壱、絵沢萠子、ベンガル、藤本七海、金田龍之介、笑福亭純瓶、峰岸徹、ほか
特別出演:春風亭昇太