銀幕ナビゲーション-喜多匡希

イントゥ・ザ・ワイルド

【死を通して見詰める生の輝き】 あとで読む

イントゥ・ザ・ワイルド
© 2006 Into the Wild LLC.

 ショーン・ペン監督、待望の最新作である。

 アカデミー賞主演男優賞(2003年『ミスティック・リバー』)、カンヌ国際映画祭男優賞(1997年『シーズ・ソー・ラヴリー』)、2度のヴェネチア国際映画祭男優賞(2003年『21グラム』、1998年『キャスティング・ディレクター』)、ベルリン国際映画祭男優賞(1995年『デッドマン・ウォーキング』)など、世界中の主たる男優賞を総ナメにしたショーン・ペンは、俳優としての頂点を既に極めた名優であるが、同時に、彼はアメリカン・ニューシネマの伝統を一身に体現する孤高の天才映画作家でもあるのだ。

幸せの1ページ
© 2006 Into the Wild LLC.
ハンコック

 ショーン・ペンの監督作品が傑作であることは事前に判り切っている。これまでに発表した作品の全てがそうであるからだ。しかし、この『イントゥ・ザ・ワイルド』は、事前に筆者が抱いていた相当に高いハードルを軽く飛び越えるほどの大傑作であった。傑作であることを予想していながらも、そこに驚きを感じさせずにはいられないほどに深く大きな感動をもたらすショーン・ペンは何と素晴らしい才能の持ち主であろうか! 改めてその偉大さに圧倒された次第。

 これまでにショーン・ペンが発表した監督作品は全て <枯れた傑作> であった。アメリカン・ロックの帝王ブルース・スプリングスティーンの名曲『ハイウェイ・パトロールマン』から着想を得、ベトナム帰還兵の兄弟を描いた『インディアン・ランナー』(1991年)、伝説のアウトロー作家&詩人チャールズ・ブコウスキーに感化され、主演にショーン・ペンが最も敬愛する名優ジャック・ニコルソンを迎えた『クロッシング・ガード』(1995年)、同じくジャック・ニコルソンを起用し、定年間際である一刑事の“Pledge”(約束)を巡る執念を描いた『プレッジ』(2001年)、アーネスト・ボーグナイン(!!)演じる老人の朝に9.11.を重ね合わせた珠玉の短編『11'09''01/セプテンバー11 アメリカ編』(2002年)。ここには、例外なく枯れた哀愁が漂っている。このパサついた感触が、それぞれの作品を最高のハードボイルドに仕立て上げていた。

ハンコック

幸せの1ページ
© 2006 Into the Wild LLC.

 しかし、『イントゥ・ザ・ワイルド』は違う。ここにあるのは <生の瑞々しさ> だ。これまでの枯れた味わいとは180度異なる、清冽な輝きが本作にはある。巨匠黒澤明による不朽の名作『生きる』の若者版と言っても良い。

【22歳の青年クリス・マッカンドレスが、大学卒業を機にアラスカを目指して放浪の旅に出る。一見、何不自由のない生活を送ってきたクリスが、物質文明を否定して踏み出したその一歩は、自らの意志による始めての決断であった。その2年後、アラスカの地に捨て置かれたオンボロバスの中で彼の死体が発見された……】
という事実を基に書かれたノンフィクション小説『荒野へ』が原作だが、そのタイトルから連想されるのは、やはり枯れたイメージである。そこに、主人公であるクリスの死が、より一層その枯れたイメージを色濃くするのだが、なのに本作は瑞々しい輝きを放っている。なぜか? ショーン・ペンの視線が捉えるものが、クリスの死ではなく、クリスが旅を通して知った生の歓びであるからだ。ボートで下る川の激流や、荒山の頂から望むアラスカの大地、天に向かって伸びる木々やその枝葉の緑、熊・鹿・兎といった動物たち、そして死の間際にクリスが目にする燦々とした太陽の輝き…… クリスが触れたアメリカの大自然こそが、本作の主人公である。加えて、旅の途中で知り合った人々との一期一会の触れ合いにも、生の歓びが満ち満ちている。それだけに、死の淵でクリスが流す涙が哀しみを倍増させるのだ。そのやりきれなさが、クリスの旅に溢れた生の歓びをより鮮明なものとしており、秀逸。

 クリスの妹カリーンのナレーションで本作が進行するのは、2006年に亡くなった実弟クリス・ペン(奇しくも本作の主人公と同じ名だ)に対するショーン・ペンの哀悼の表れでもあろう。遺された者の悲哀が胸を打って止まない。本年度屈指の傑作である!

P.S.
ショーン・ペンが心から尊敬するクリント・イーストウッドへのオマージュが一瞬登場する。見逃さないで!!

イントゥ・ザ・ワイルド  http://intothewild.jp/

原題『INTO THE WILD』
2007年 アメリカ 148分 配給:スタイルジャム
監督・脚本:ショーン・ペン
出演:エミール・ハーシュ、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィリアム・ハート、ジェナ・マローン、ブライアン・ダーカー、キャサリン・キーナー、ヴィンス・ヴォーン、ハル・ホルブロック、ジム・ガーリエン

【上映スケジュール】
9/6(土)〜 
東京:シャンテシネ、テアトルタイムズスクエア、立川シネマシティ、ほか
9/27(土)〜
大阪:TOHOシネマズ梅田、ワーナー・マイカル・シネマズ茨木
京都:TOHOシネマズ二条、ワーナー・マイカル・シネマズ高の原
兵庫:三宮シネフェニックス
そのほか、全国順次公開予定

2008年9月1日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
ご感想をどうぞ ▲comment top

  シャカリキ! | 幸せの1ページ > >>

▲このページの先頭へ


w r i t e r  p r o f i l e
turn back to home | 電藝って? | サイトマップ | ビビエス