銀幕ナビゲーション-喜多匡希

落下の王国

【“映画”を追求した先に立ち現れた至高の映像美】 あとで読む

落下の王国
©2006 Googly Films, LLC. ALL Rights Reserved Reserved.

 隠れた傑作である。こういった作品があるから、映画鑑賞は止められないのだ。

 監督のターセム(ターセム・シン)は、インドに生まれ、20代でアメリカに渡り、ミュージック・ビデオやCMの世界でキャリアを積んだ。“ビジュアル・モンスター”という異名の通り、その強烈で独創的なビジュアル・イメージは世界中で賞賛を集めている。そんな彼が、同業者であり、友人でもあるデヴィッド・フィンチャーやスパイク・ジョーンズらと同じく、映画の道に歩を進めたことは当然の流れであり、大きな期待を集めたものであった。満を持して放った映画監督デビュー作が『ザ・セル』(2000)である。こちらはジェニファー・ロペス主演のサイコ・サスペンス作品で、なるほど、噂の映像美には目を見張るものがあり、石岡瑛子が担当して話題となった衣装の素晴らしさと合わせて見応えがあった。しかし、PVやCMで培った映像力が、まだ長編映画に馴染んでおらず、中盤以降、急激に失速した感があり、ストーリーテリングの面で未熟という印象を抱いたものだ。そのため、8年振りの新作となる本作に、ほとんど期待していなかったというのが正直なところである。しかし、その不安は嬉しく裏切られることと相成ったのである。

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【舞台はサイレント映画最盛期である1915年のアメリカ。スタントマンのロイは、映画撮影中に列車から落ちて大怪我を負い半身不随の身。その上、主演俳優に最愛の恋人を奪われて生きる希望を失ってしまった。そんなロイの前に、オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折した少女アレクサンドリアが現れる。ロイは、動けない自分に代わって自殺に用いるモルヒネをアレクサンドリアを使って手に入れようと画策。アレクサンドリアの気を惹くために、即興のファンタジー物語を聞かせることにする。それは愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた6人の勇者たちが、力を合わせて悪に立ち向かう愛と復讐の物語だった……】
というストーリー。

 ロイとアレクサンドリア双方の“落下”が、2人の出会いによって重なり合うところから、この壮大な物語は幕を開ける。ここから、“愛”“生”“勇気”“痛み”“仲間”といったテーマが綿々と描かれていくのだが、最大のテーマはズバリ“映画”である。

ハンコック

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 冒頭、モノクロ撮影で巨大な蒸気機関車が映し出される。この美しい白黒画面がサイレント映画期を表していることは言わずもがなだが、これを皮切りにやがて、続々と“映画”にまつわるショットが登場するのだ。開巻ほどなく、病院内のアレクサンドリアが、戸外にいる馬を鍵穴からの反射映像を通して目にする。そこにある逆さまに映った像もまた、黎明期の映画を示しているのだ。「ああ、これは映画についての映画なのだ!」と、ここで気付いた。映画ファンにとってこれほど嬉しい作品もそうそうない。

 やがて、ロイがアレクサンドリアに聞かせる物語が、映像としてスクリーンに映し出されるのだが、ロイとアレクサンドリアそれぞれの脳内に湧いたイメージが映像と音楽を伴ってスクリーンに映し出された時、口承の物語は唯一無二の“映画”として出現する。

 この映像美たるや凄まじい! 【世界遺産13箇所、24カ国以上でのロケ、撮影期間は4年以上、構想期間に至っては実に26年!】というこだわり振りが見事に結実した渾身の出来映えである。2000年代の現代に、CGを一切用いずにファンタジー映画を創り出そうという大いなる意欲もさることながら、そのこだわりが、実験としてではなく、エンターテインメントとして昇華されているところに、不本意な出来に終わった前作からの飛躍的成長が伺える。ターセムの“映画”に対する志が本物であることを、本作はまざまざと証明してみせた。

 大海を悠々と泳ぎ渡る象やポツンとある浮島、広大な砂漠、幾何学的な美しさをもった建築物など、様々な動物や大自然、人工の建築物などが、ターセムのイマジネーションを接着剤として渾然一体となり、神々しいまでの輝きを放っている。

 実写映像だけでなく、クレイ・アニメーションなども盛り込み、最後には往年のサイレント活劇映画の映像集で締めくくるといった徹底した“映画”へのこだわりが、この壮大な物語を生み出した。紛れもない傑作である!

落下の王国  http://www.rakka-movie.com/

・第40回シッチェス・カタロニア国際映画祭グランプリ(最優秀作品賞)受賞!
・第57回ベルリン国際映画祭 クリスタルベアー特別賞受賞!

原題『THE FALL』
2006年 アメリカ 118分 配給:ムービーアイ
監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カンティカ・アンタルー、ジャスティン・ワデル、ほか

【上映スケジュール】
9/6(土)〜  東京:シネスイッチ銀座、渋谷アミューズCQN、新宿バルト9、立川シネマシティ
9/27(土)〜 大阪:梅田ガーデンシネマ、敷島シネポップ
京都:新京極シネラリーベ
兵庫:シネカノン神戸
そのほか、全国順次公開予定

2008年9月8日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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