©2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
『おくりびと』のモントリオール世界映画祭グランプリ受賞の報を、筆者は当然のものとして受け止めたが、同時に心の底から湧き上がってくる大いなる歓びを噛み締めたものである。受賞を「当然」と感じたのは、一重にその素晴らしい出来映えに一足早く触れていたためであるが、でいながら、これだけの歓びを感じたのは、今回の受賞が、ともすればその見かけの地味さゆえに、人々の足を劇場に向かわせるだけの引力に不安のあるこの味わい深い感動作が、他の大作・話題作群に埋もれてしまうのではないかと危惧していたところに飛び込んできた、興行力を伴う朗報だったからである。
©2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
葬儀を巡る日本映画といえば、『お葬式』(1984)、『お墓と離婚』(1993)、『大安に仏滅!?』(1998)、『お墓がない!』(1998)などが思い浮かぶ。我が国を含めてアジア映画界には、はっきりと“葬祭映画”というジャンルが存在するのだ。“冠婚映画”もあるにはあるが、多くはない。これが欧米だとその比率が逆になるのは面白いところだ。それだけ、我々アジア圏に生きる者は死を重視する傾向にあるということだろう。
そんな中、本作は先に挙げた作品群のような、ハウツー映画としての一面を持ち、知られざる “納棺師”という職業の実態を巧みに説明しながらも、更にその先に広がる人間模様を追求して大いに成功している。
©2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
重要なフックとなるのは“チェロ”と “食”だ。東京で夢破れた元チェロ奏者の主人公・大悟(本木雅弘)が、東北の実家に帰り、ひょんなことから“納棺師”の職に就く。チェロで培った指先の所作の美しさが、新しい職でも見事に活きてくるというあたりのさりげない演出は実に巧み。しかし、それ以上の意味がチェロには込められている。数ある楽器の中でも、人間の声に最も近い音色を奏でるのがチェロだという。しかし、楽器は奏者がいなければただのモノだ。新しい生活の合間に、心からチェロを弾きたくなった大悟が奏でる音色は、東京でのそれとは明らかに異なる。大悟は“納棺師”という職業を通して大きく成長し、チェロに新たな生命を吹き込んでみせるのだ。
また、“食”を描いたシーンの深みも特筆物である。ここでは食卓を囲む人々の姿を通して、人間同士の絆が描かれており、やはり上手い。本作の食事シーンでは、常に複数の人物が登場する。1人で食べる食事より、複数で食べる食事の方が美味しいというのは読者諸兄も肌で御存知のことであろう。大悟とその妻である美香(広末涼子)が食べる鶏鍋や、大悟と彼の雇い主である佐々木社長(山崎努)が舌鼓を打つフグの白子、更にそこに先輩従業員の百合子を加えてほおばるクリスマス・チキンと、本作に登場する食事シーンは、いずれも“食”の楽しさを描いて秀逸である。美味しいものを食べた人間が見せる、えもいわれぬ満足気な表情が、見ているこちらの食欲まで刺激するほどだ。「ああ、美味しそう!」と感じたその瞬間、本作の成功を確信した。なぜなら、“食”のシーンを見事に描くことによって、本作のテーマである“生と死の表裏一体”が、より鮮明に際立つからだ。ここで、“食べる=生きる”という図式が浮かび上がるのだが、それは同時に“食べる=食材である動植物の死(あるいは生)をいただくこと”でもあるという不動の事実を示してもいるからだ。
©2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
こうして、生と死が表裏一体、あるいは地続きであることを丹念に描いた後に、終盤で描かれる“いしぶみ(石文)”のエピソードが素晴らしい。この“いしぶみ”は“心”を表している。この“心”を、誰が贈り、誰が受け取るのか? それは是非、劇場で御確認願いたい。深く大きな感動に身を預ける至福がここにある。
きめ細やかな演出と確かな演技が奏でる生と死の豊かな二重奏を心で受け止めていただきたい。
【関連書籍情報】
映画『おくりびと』から生まれた絵本『いしぶみ』(小山薫堂:作、黒田征太郎:画 小学館・刊行)が、全国書店のほか、『おくりびと』上映劇場でも販売されます。心から温かくなれる1冊。こちらもおすすめします。
おくりびと http://www.okuribito.jp/
・モントリオール世界映画祭グランプリ受賞!
2008年 日本 130分 配給:松竹
監督:滝田洋二郎
出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、杉本哲太、峰岸徹、山田辰夫、橘ユキコ、吉行和子、笹野高史ほか
【上映スケジュール】
9/13(土)〜
東京:丸の内プラゼール、新宿ピカデリー、新宿ジョイシネマ、渋谷シネパレス、品川プリンスシネマほか
大阪:梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、アポロシネマ8ほか
京都:MOVIX京都、イオンシネマ久御山、ワーナー・マイカル・シネマズ高の原
兵庫:神戸国際松竹、MOVIX六甲ほか
そのほか、全国一斉ロードショー