銀幕ナビゲーション-喜多匡希

アキレスと亀

【映画監督・北野武の新境地!】 あとで読む

アキレスと亀
©2008「アキレスと亀」製作委員会

 本作の下敷きには“アキレス(アキレウス)と亀によるパラドックスの定理”が存在する。

アキレスと亀
©2008「アキレスと亀」製作委員会
アキレスと亀
【伝説的な俊足の持ち主であるアキレスと、亀が競走することになった。そこで亀は「ハンデが欲しい」と訴え、アキレスは余裕の表情で了承。その瞬間、亀は「これで負けないぞ!」と叫んだ。なぜか? アキレスが亀を抜くためには、まず亀がスタートした地点まで走らなくてはならない。しかし、アキレスが亀のスタート地点にたどり着いた時には、亀はそれより先に進んでいる。続けて、亀のいた地点にまでアキレスが走る間、亀もまたノロノロと先に進んでいる。同じ時間が流れている限り、そのやりとりは連綿と繰り返され、永遠にアキレスは亀を追い返すことができないからだ。それを聞いたアキレスは自信を打ち砕かれてスタートの前に絶望してしまったと言う】

 これが“アキレス(アキレウス)と亀によるパラドックスの定理”のごくごく簡単な説明だ。

ハンコック

アキレスと亀
©2008「アキレスと亀」製作委員会
 しかし、この定理は、あくまで机上論であり、現実的にアキレスは亀をいともたやすく抜き去ってしまうはずである。理論と現実は異なる。北野武は、本作でその真実を基に本作を組み立てている。

 独特のユーモア感覚に満ちた全体の構造は、これまでの作品で言えば、ビートたけし名義で監督した『みんな〜やってるか!』(1994)に近いが、あの作品で見られた独創という名の独走は抑えられ、かなり判りやすいつくりになっているので、安心していただきたい。その幾分か判りやすい構造の中で、これまでにその他の作品で繰り返し描かれてきた“死生観”や“虚構と現実(≒理論と現実)のパラドックス”“母性への愛着と憧憬”といった北野武ならでは&おなじみのエッセンスが見事にブレンドされている。となれば、映画作家・北野武のファンならば当然必見の1作ということになる。事実、彼のフィルモグラフィーにおいて重要な一作として位置づけられることだろう。

アキレスと亀
©2008「アキレスと亀」製作委員会
アキレスと亀

 では、ガチガチの北野武映画ファンでなければ楽しめないのかというと、決してそうではないだろう。本作のテーマは <芸術の探求> だが、そのテーマの字面から立ち昇る「難しそう……」という先入観とは裏腹に、語り口は非常に判りやすい。

 倉持真知寿くらもちまちすという架空の画家を主人公とした半生記である本作は、大きく【少年期】【青年期】【中年期・壮年期】に分けることが出来る。序盤である【少年期】はオーソドックスな語り口で、誰でもすんなりと入り込むことができるだろう。それがやがて、中盤に入ると風変わりなテイストが色濃くなり、終盤でナンセンスな疾走(あるいは暴走)を見せる。このように加速していく迷走こそ、特に最近の北野武作品の特徴だが、本作では、途中でめげて欲しくない。従来ならば“死”、あるいはしっちゃかめっちゃかな“映画破壊”で幕を閉じることが多かったが、本作はラストで“夫婦愛”を機軸として“生”に希望を託したハッピーエンドを迎える。この新たな着地点は、映画作家・北野武の新たな新境地である。是非、その目で見届けていただきたい。

アキレスと亀  http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/

2008年 日本 119分 配給:東京テアトル+オフィス北野
監督・脚本・編集・挿入画:北野武
出演:ビートたけし、樋口可南子、柳憂怜、麻生久美子、中尾彬、伊武雅刀、大杉漣、筒井真理子、吉岡澪皇、円城寺あや、徳永えり、大森南朋、ほか

【上映スケジュール】
9/20(土)〜 
東京:テアトル新宿、銀座テアトルシネマ、ほか
大阪:テアトル梅田、敷島シネポップ、ほか
京都:TOHOシネマズ二条
兵庫:109シネマズHAT神戸
奈良:TOHOシネマズ橿原
ほか、全国順次公開中

2008年9月22日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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