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“バックドロップ”とはプロレス技の一つで、日本では“岩石落とし”と呼ばれる。相手を真っ逆さまにマットに叩きつけるという大技だが、本作は、そのタイトル通り、観る者の脳天に「ズガーン!」という衝撃を与えてくれる出色のドキュメンタリー作品だ。
冒頭で【クルド人は、国家を持たない世界最大の少数民族である。彼らが <クルディスタン(クルドの国)> と呼ぶ地域は、現在、トルコ、シリア、イラン、イラクの国境をまたがって分断されているそうだ】といった説明を行い、本作が“難民問題”を扱った社会派ドキュメンタリー作品と思わせておいて、中盤でガラリと転調し、劇的かつ爽快に青春映画に打って変わってしまうのだからビックリ仰天である。「えっ!?」と思った次の瞬間、「ヤラレた!」と感じた。その鮮やかな急展開が本作の持つ唯一無二の面白さの源である。
この衝撃的と言って良いほどの心地良さは何事だろう? 前半で深刻なクルド人難民一家(=カザンキラン一家)の姿を踏まえているからこそ、「ヤラレた!」に伴う爽快感が倍増するのだが、それにしてもこの転調には驚かされた。
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「<難民問題> よりも <人間> に興味があるんです。そもそも、<難民> と言われても正直ピンと来なくて。だから<ナンミン>。それよりも、前提としてカザンキラン一家の皆が持つ人間としての姿に興味を持ったんです。難民問題を描いた映画としてではなく、人間を描いた作品として見て貰いたいですね」
このように、野本の関心は、終始 <人間味溢れるカザンキラン一家> にこそ向けられているのだ。
その証拠に、一家の長である父と長男の強制送還処分を受けて、野本は彼らを追いかけるために学校を中退。自費でトルコへと飛ぶのである。卒業制作作品として撮り進めていた作品を完成させるために学校を中退するとは、なんとも本末転倒であるが、同時に、ここで一気に弾ける野本の青春は拍手喝采物である。この決断を巡る思い切りの良さと、そこから立ち昇る清々しさに、胸のすく思いがした。
トルコに渡ってからは、ロード・ムービーの味わいもあり、異国の地を旅する野本の視線と観客の視線が同化し、自身も疑似体験的にトルコを旅し、その現状を実際に目撃しているような感覚を味わうことができる。ここで野本が目にする真実と、その真実に伴う認識のズレや矛盾が大変興味深い。
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本作は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で市民賞・奨励賞をW受賞し、毎日映画コンクールでは、あの『靖国 YASUKUNI』を抑えてドキュメンタリー映画賞を受賞した。これほど気持ちの良いドキュメンタリー作品もそうそうなく、その優れた作品がこうして高く評価されていることが実に嬉しい。
日本の若者が、輝ける青春を刻印して見せた。この前向きなエネルギーを是非スクリーンから受け取って欲しい。
バックドロップ・クルディスタン http://www.back-drop-kurdistan.com/
2007年 日本 102分 配給:バックドロップフィルム
監督・撮影:野本大
出演:カザンキラン一家、野本大、ほか
【上映スケジュール】
9/27(土)〜 大阪:十三第七藝術劇場
10/4(土)〜 愛知:名古屋シネマテーク
兵庫:神戸アートビレッジセンター
10/11(土)〜 東京:アップリンク・ファクトリー
ほか、全国順次公開