銀幕ナビゲーション-喜多匡希

その日の前に

【“70代の新人として” 
ベテラン監督、大林宣彦の覚悟が結実!】 あとで読む

その日の前に
© 2008『その日のまえに』製作委員会

 タイトルにある“その日”とは、天国に旅立つ日を指す。

【育ち盛りの2人の息子がいる40代の主婦・とし子が、末期癌を宣告される。その瞬間、とし子(永作博美)の日々は余生となった…… 売れっ子イラストレーターの夫・健太(南原清隆)は、果てしない哀しみを抱えながら愛するとし子に寄り添うのだった】
と、ストーリーを要約するとこのようになる。

 ここで、『象の背中』(2007)を思い浮かべる方もいらっしゃるだろう。丁度昨年の今頃に公開された役所広司主演のこの作品は、2人の子どもを持つ48歳のサラリーマンが末期癌を宣告されるという作品だった。『その日の前に』とは性別が逆転しているが、“末期癌”、“夫婦”、“2人の子ども”、“最後の日々”という多くの点で共通している。

その日の前に© 2008『その日のまえに』製作委員会

 しかし、似通ったストーリーでも、両作品の感触は全く別種のもの。作り手が異なるのだから当然とも言えるが、これだけの共通点を持ちながら、こうも味わいが違うものかと驚いた。

 うーむ、素晴らしい!! 大林宣彦監督の持ち味が最大限に活かされた快打である。40年以上に渡る映画監督人生において、その集大成とも言える一作と位置付けて良いが、同時に瑞々しさをたたえているのが凄い。監督自ら「“70代の新人監督”という思いで撮った」と公言しているが、その言葉通りの探究心・冒険心に満ちている。

 序盤、健太ととし子が、数十年ぶりに生まれ育った街を訪れる様子が描かれるが、そこで過去と現在が交錯する。過去のシーンが回想として語られる場面もあれば、現在のとし子と健太の前に過去の時制が割り込んでくるというファンタジックな場面もある。ノスタルジー溢れる詩情と郷愁に満ちた画作りには、ベテランらしい安定感があるが、突如そこに大林節の実験精神が顔を見せるあたりに「おお、やってる、やってる!! これぞ大林監督!!」と嬉しくなったが、その実験が少しもガタつくことなく、作品の血肉として機能しているあたり、文句のつけようがない。

その日の前に© 2008『その日のまえに』製作委員会

 筋金入りの大林ファンならば、“かもめハウス”なる看板がスクリーンに登場した瞬間、出世作『HOUSE』(1977)を連想して大いにニンマリすることだろう。しかし、何より驚かされるのは、そのセルフ・パロディめいた演出がただ単なる懐古趣味を満足させるだけに留まっていないところだ。ここに、本作における大林の“新人監督”としての覚悟を見た。

 末期癌で余命僅かという設定ながら、本作がありがちなひたすらに悲壮・暗鬱な難病物を志向することなく、迫り来る死のイメージを大いに感じさせながらも、むしろ生のイメージが勝っているのが何より良い。そこには、作品全体を優しく包み込むような宮沢賢治へのオマージュがある。寓話的に昇華されながら、現実から視線を逸らさず撮り上げた一品!

 尚、本作は大林ワールドに欠かせない存在だった峰岸徹の遺作となった。合掌。

その日の前に  http://www.sonohi.jp/

2008年 日本 139分 配給:角川映画
監督・編集・撮影台本:大林宣彦
原作:重松清(『その日の前に』)
出演:南原清隆、永作博美、筧利夫、今井雅之、勝野雅奈恵、原田夏希、柴田理恵、風間杜夫、 宝生舞、寺島咲、厚木拓郎、森田直幸、斉藤健一、窪塚俊介、伊勢未知花、大谷耀司、小杉彩人、高橋かおり、並樹史朗、大久保運、三浦景虎、油井昌由樹、小林かおり、吉行由実、笹公人、柴山智加、鈴木聖奈、村田雄浩、山田辰夫、左時枝、小日向文世、根岸季衣、入江若葉、峰岸徹、ほか

【上映スケジュール】
11/1(土)〜 
東京:角川シネマ新宿、シネカノン有楽町2丁目、アミューズCQN
大阪:梅田ブルク7
京都:MOVIX京都
兵庫:三宮シネフェニックス
そのほか、全国順次公開

2008年10月27日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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