銀幕ナビゲーション-喜多匡希

ドキュメンタリー百花繚乱

【 ドキュメンタリーが面白い! 】 あとで読む


『マリア・カラスの真実』©Publifoto-OLYCO
 

『小三治』©青木信二

 

『バオバブの記憶』
 

『遭難フリーター』©2008.Manabe Syohei
 
『ハリウッド監督学入門』  

 2000年代に突入した途端、映画界にドキュメンタリー・ブームが訪れた。一昔前には考えられなかったことだが、今や、毎週のようにドキュメンタリー映画の新作があちこちの映画館で封切られている。ブームの火付け役として、まず思い浮かぶのは、『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『華氏911』で世界的に注目されたマイケル・ムーア監督だ。政権批判や社会問題を突撃取材スタイルで扱い、スキャンダラスかつセンセーショナルな話題を振りまいた彼に、映画ファン以外の層も関心を寄せた。その一方で、『WATARIDORI』『ディープ・ブルー』『皇帝ペンギン』といったネイチャー・ドキュメンタリーも人気を博し、こちらも、広く受け入れられて大ヒットした。

 以後、ドキュメンタリー映画が続々と封切られるようになったが、マサラ映画(インド娯楽映画)ブームや、韓流ブームのような俄かブームに終わらず、しっかりと映画興行界に根を張ることが出来たのは、その裾野の広さゆえであろう。マサラ映画も、韓流も、共に似通った作品ばかりを怒涛の勢いで垂れ流した結果、供給過多に陥り、ブームはあっけなく終焉を迎えたが、ドキュメンタリー・ブームは息が長そうだ。今や、恒常的に需要のある一大ジャンルとして、確固たる市場を開拓し得たように思う。

 公開されるドキュメンタリー映画をズラッと並べてみると、思った以上にバラエティに富んでいることがわかるはずだ。社会派作品もあれば、娯楽作品もあり、偉人伝もあれば、セルフ・ドキュメンタリーもある。まるで万華鏡のように多彩なラインナップは、コンスタントに鑑賞を続けても飽きることがない。

 といったところで、今回は、現在公開中or近日公開となるドキュメンタリー映画の中から、おすすめの作品を幾つかピックアップして御紹介しよう。。

『マリア・カラスの真実』は、タイトルの通り、不世出の歌姫マリア・カラスの生涯に迫った人物ドキュメンタリー。死後三十余年を経て尚、その輝きは些かも鈍ることなく世界中の人々を魅了し続けている。言わば、永遠のカリスマだ。そんなマリア・カラスの“真実”となれば、興味津々である。

 貴重なアーカイヴ映像を軸に検証していくというアプローチが面白い。淡々とした客観的な語り口が、波乱に満ちた劇的な人生を、より鮮明に浮き上がらせていく。栄光とその裏に潜むドラマは、さながら光と影のよう。マリア・カラスがスターとして頂点を極めた時、彼女が夢見た女性としての幸せは瓦解し、やがて女性としての不幸がスターとしての己を引きずり落とすこととなった。スターと女性という2つの顔を両立できなかった不器用さが人間らしさを喚起する。天賦の才と絶やさぬ努力によって手に入れた栄光と、その先に待ち受けていた悲哀のコントラストが切ない。ここで胸に迫るのは、一人間としてのマリア・カラスである。愛人関係にあった海運王オナシスの映像は、彼女のファンであれば必見。また、ルキーノ・ヴィスコンティ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、グレース・ケリー、ジャン・コクトーといった往年の大監督・大女優の登場は、映画ファンにとってもこたえられないものがある。全編を彩る歌声も素晴らしい。

 落語ファンはもちろん、そうでない方にも是非御覧頂きたい秀作が『小三治』。噺家・10代目柳家小三治に密着した味わい深い逸品だ。てっきり芸道ドキュメンタリーだとばかり思っていたが、これがなんと人間の生き方や心の在り方を説いた豊穣な人間ドキュメンタリーだった。

 江戸落語界きっての名門・柳派において、長らく中堅どころと目されていた“小三治”の名跡(みょうせき)も今や立派な大看板となったが、これは一重に当代の努力によるものだ。地道に培われた話芸には、江戸前独特のカラリとした気風と、無理に笑わせようとしない潔さが窺える。近年は、そこに年輪による柔らかさが加わって、更に魅力を増している。紫綬褒章&放送演芸大賞受賞の肩書きは、決して伊達ではない。真摯なプロ意識が隅々まで行き渡った高座の緊張感と、客席に溢れる明るい笑い声のコントラスト。これこそ、名人のなせる技である。

 密着ドキュメント形式の本作は、奇を衒うことなく正攻法に徹した演出が心地良い。難解さとは無縁の判りやすさが、間口の広さに繋がっているのもうれしいところ。

 被写体である柳家小三治がポツポツと繰り出す言葉の、その一つ一つに教訓が詰まっている。そこから学び取れるものは多く、“人生の全てが落語に出る”という信条は、本作でも揺らぐことはない。真打昇進となった愛弟子・柳家三三を、厳しさと優しさを共に宿した視線で見つめつつ、芸人として最も大切なのは“見ること”だと語る小三治。それはつまり、師匠や兄弟子の生き方を見つめ、そこから正しい心を学び取るということだ。これは芸人に限った話ではない。全ての人の心に響く作品だ。

『ナージャの村』『アレクセイと泉』の本橋成一監督最新作『バオバブの記憶』は、アフリカ・セネガルの小さな村を舞台に、人間文明の発達と自然破壊の関係性を見つめた作品だ。

 樹齢2000年を超えるものまであるという長寿の樹・バオバブと人間が共生する姿を見つめている。写真家である本橋監督は、35年前にバオバブと出会い、取材を続けてきたという。本作で、数十年越しの願いが叶ったというわけだ。本橋監督は、取材で訪れる度に、精霊が宿るといわれるバオバブの樹に向かって語りかけてきたという。

「願えば叶うんですね」

 決して驕らず。決して腐らず。本橋監督はずっと願い続けてきた。その姿に、バオバブの精霊も感動して、手を貸してくれたに違いない。本橋監督の優しい視線と柔らかい口調がそのまま作品に表れている。押し付けがましさなんて微塵もない。慈愛に満ちた語り口が心地良く、映像が心にスーっと染みてくる。ずっと大事にしたい作品だ。

『遭難フリーター』は、23歳の若者が借金返済のためにキャノンの工場で派遣社員として働く様を捉えたセルフ・ドキュメンタリー。前半、なんともグダグダな生き様が展開されてゲンナリしかけるが、時が進むにつれて映画が走り出す。報道番組などは<イマドキの若者が派遣社員の実態を描いた映画!>とかなんだとか、いかにも社会派作品であるかのように喧伝しているが、違う。これはちっぽけな青春映画だ。そのちっぽけさにイライラしたりもするけれど、それだけに愛らしさもひとしおである。

『ザ・リング2』でハリウッド監督デビューを果たした中田秀夫が、日本とハリウッドでの映画製作の違いを、体験に基づいて綴った異色作が『ハリウッド監督学入門』。インタビュー中心の構成で、新味はないが、映画好きにはたまらない1本だ。一般的にはホラー監督というイメージが強いだろうが、実はドキュメンタリーこそがライフワーク。インタビュー映像を中心とした構成に新味はないが、とてもわかりやすいもの。慣れないハリウッドでの生活で溜まったフラストレーションを、愚痴としてではなく、前向きに活かして見事だ。佳作である。

 さて、今回はここまで。次週は『ハリウッド監督学入門』の中田秀夫監督にインタビュー取材した模様をお伝えします。

●『マリア・カラスの真実』(原題『CALLAS ASSOLUTA』)
2007年 フランス 98分 配給:セテラ・インターナショナル+マクザム
監督・脚本:フィリップ・コーリー
出演:マリア・カラス、アリストテレス・オナシス、ルキーノ・ヴィスコンティ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、グレース・ケリー、ジャン・コクトー、ジャクリーン・ケネディ ほか
【上映スケジュール】
公開中     東京:ユーロスペース
4月4日(土)〜 大阪:テアトル梅田
4月下旬予定   京都:京都みなみ会館ほか
順次公開     兵庫:神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次公開
【公式HP】→http://www.cetera.co.jp/callas/

●『小三治』
2009年 日本 104分 配給:ヒポコミュニケーションズ+オフィスシマ
監督:康宇政
語り:梅沢昌代
出演:柳家小三治、入船亭扇橋、柳屋三三、立川志の輔、桂米朝 ほか
【上映スケジュール】
公開中       東京:ポレポレ東中野
4月4日(土)〜  東京:シネマート六本木
5月9日(土)〜  京都:京都みなみ会館
5月23日(土)〜 大阪:第七藝術劇場
順次公開      兵庫:神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次公開
【公式HP】→http://cinema-kosanji.com/

●『バオバブの記憶』
2008年 日本 102分 配給:サスナフィルム+ポレポレタイムズ社
監督:本橋成一
語り:橋爪功
音楽:トベタ・バジュン
【上映スケジュール】
公開中          東京:ポレポレ東中野、シアター・イメージフォーラム
4月18日(土)〜    大阪:第七藝術劇場
5月9&10日(土・日) 神奈川:ワーナー・マイカル・シネマズみなとみらい
5月9日(土)〜     愛知:名古屋シネマスコーレ
順次公開         京都:京都シネマ
順次公開         兵庫:神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次公開
【公式HP】→http://baobab.polepoletimes.jp/

●『ハリウッド監督学入門』(原題『FOREIGN FILMMAKERS’ GUIDE TO HOLLYWOOD』)
2008年 日本 73分 配給:ビターズ・エンド
監督:中田秀夫
撮影・録音・ライン・プロデューサー:ジェニファー・フカサワ
音楽:川井憲次
【上映スケジュール】
公開中       東京:シアター・イメージフォーラム
5月16日(土)〜 大阪:第七藝術劇場
順次公開      京都:京都シネマ
順次公開      兵庫:神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次公開
【公式HP】→http://www.bitters.co.jp/hollywood/

●『遭難フリーター』
★山形国際ドキュメンタリー映画祭2007 ニュードックスジャパン招待作品
★香港国際映画祭2008招待作品
★ロンドン・レインダンス映画祭招待作品
2007年 日本 67分 配給:バイオタイド
監督・出演:岩淵弘樹
プロデューサー:土屋豊
アドバイザー:雨宮処凛
挿入曲:豊田道倫 『東京ファッカーズ』
エンディング曲:曽我部恵一 『WINDY』
メインヴィジュアル・イラスト:真鍋昌平(『闇金ウシジマくん』 週刊ビッグコミックスピリッツ連載)
【上映スケジュール】
公開中       東京:ユーロスペース
4月11日(土)〜 大阪:シネマート心斎橋
順次公開      京都:京都みなみ会館
そのほか、全国順次公開
【公式HP】→http://www.sounan.info/

2009年3月30日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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