『リング』(1998)でJホラー・ブームを巻き起こした中田秀夫監督。そのブームは日本に留まらず、海を越えてハリウッドにまで及び、世界的な広がりを見せた。ほどなく、『ザ・リング2』(2005)でハリウッド監督デビュー。スマッシュ・ヒットを記録し、続けてタイ産ホラー『the EYE【アイ】』(2002)のリメイク企画に取り組むことに。しかし、日本とハリウッドの映画製作には大きなギャップがあり、驚きと戸惑いの連続。日々、鬱憤が溜まっていったという。その鬱憤を、ポジティブに吐き出して製作したのが、ドキュメンタリー映画『ハリウッド監督学入門』だ。
中田監督は、かねてよりドキュメンタリー映画製作にも情熱を注いでおり、本作が3作目となる。プロモーションにも積極的で、次回作撮影のために渡英する直前にも関わらず、来阪した。本誌もインタビューの機会を得、ばっちりお話を伺ってきた。今週はその模様をお伝えする。
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―――製作のきっかけは?
中田秀夫監督(以下中田) 『THE EYE』の企画から離れることがきまってフラストレーションが解放されたというのが大きいですね。ただ、結果的に作品として昇華できなかったわけですが、そのことを愚痴にしても仕方がない。愚痴になっちゃダメだ、と。そういう思いはありました。
※注 『THE EYE』は、2002年製作のタイ産ホラー『the EYE 【アイ】』のハリウッド版リメイク企画。ハリウッド監督デビュー作『ザ・リング2』(2005)でスマッシュ・ヒットを飛ばした中田秀夫監督の次回作として予定されていたが、最終的に、フレンチ・ホラー『THEM ゼム』(2005)の監督コンビ:ダヴィド・モロー&ザヴィエ・パリュがジェシカ・アルバ主演で2008年に映画化。日本では『アイズ』のタイトルで同年公開された。
――― ハリウッドでの映画製作はそんなに大変なのですか?
中田 日本とは、やる事もやり方も違いますからね。企画開発に2,3年かけるのが当たり前で、10年かかっているものも普通にあります。この作品はルサンチマンが製作のきっかけ。そこからスタートしているので、自分の主観だけを語ることはしないと決めました。「アメリカ人から見るとどうだったのか?」と必ず検証する。現に、脚本家のジョー・メノスキーは『THE EYE』の製作進行を「すごく早い」と言っていますよね。僕は遅くて遅くてイライラしてたのに(笑)。
――― ハリウッドで映画を監督するとなったら、企画が決まるまでに毎回何年もかかるのですか?
中田 1本当たると、その度に楽になっていくでしょうけどね。
中田監督は、学生時代に篠田正浩監督の表現社で現場アルバイトをしたことがあると聞きました。また、卒業後は日活に入社して、助監督として数々の現場を体験して来られました。日本の映画製作現場を熟知している監督ということになります。そんな中田監督から見て、日本とハリウッドの映画作りにおいて最も違いを感じたのはどういったところでしょう?
中田 とにかく時間がかかるなあと(笑)。日本人は特に時間の使い方に長けていると思います。日本の場合、時間を有効に使うために段取りをしますけど、ハリウッドはそうじゃない。企画開発で一つの物事を決めるにしても、とにかく時間がかかるんです。
間に入る人が多過ぎるのではないですか?
中田 そうなんですよ。無駄な人材を多く雇い過ぎていると思います。
しかし、中田監督がハリウッドに数年滞在している間に、日本もプチ・ハリウッド化しているように思います。日本に戻って来られた時、そう感じたりはしませんでしたか?
中田 感じました。邦画バブルが弾けてしまっていますから、ハズせないんですね。何としても当てに行く。勝ちに行く。今はそういう製作姿勢がまずありますね。
それが製作委員会方式ですね?
中田 そうです。今は日本でも監督を指名して、脚本を練って、キャストを決めてから、慎重に製作決定することの方が多いと感じます。以前は監督に依頼があるときは、その企画には実質的にもうゴーサインが出ていたと思います。意志決定がもっとシンプルだったのでしょうね。例えばハリウッドに行く前、5本ほど話がありました。ハリウッドに行くことを最大限優先したかったので断りましたけど、その内4本は他の監督で映画になっています。
その後、『ザ・リング2』でハリウッド監督デビューされたわけですが、当初は別の作品が予定されていたそうですね。オリジナル作品で『True Believers』というタイトルの……
中田 そうです。そうです。ありましたねー。
その他にも複数の企画がありました。ニューラインで『OUT』のリメイク、FOXサーチライトで『エンティティー/霊体』のリメイク、MGMで『True Believers』。その中から実現したのがドリーム・ワークスの『ザ・リング2』ということになります。メジャー会社の企画ばかりです。
中田 全部で5本の企画がありました。その中で実現したのが1本ですから、打率2割……(笑)。まず、企画開発契約というのを結ぶんですよ。『OUT』以外は全て企画開発契約を結んでいます。
ハリウッドでは主演俳優が発表された後に立ち消えになる企画がとても多いと感じます。『THE EYE』ではレニー・ゼルウィガーさんが主演すると発表されていましたし、『True Believers』はマーク・ウォルバーグさんだと発表されていました。これがとても不思議です。「『決定』じゃないのか?」と(笑)。
中田 そう。それも企画開発計画を結んだということなんですよね。マーク・ウォルバーグさんとは確かに話をしました。けれど最終的に諸条件が合わなかったんです。けれどガセネタがホント多いですよ。
話が変わりますが、本作は3本目のドキュメンタリー作品です。全て映画を巡るドキュメンタリーですね。
中田 そうです。今までは映画(監督)についてでないと、自分が作るものとしては「嘘くさい」感じがしていました。けれど4本目は違いますよ。社会派です(笑)。
――― ドキュメンタリー映画には以前から関心があったのですか?
中田 はい。小川徹さんや土本典昭さん、佐藤真さんのドキュメンタリーが特に好きですね。皆さん亡くなられてしまいましたけど…… 僕の場合、下手の横好きですが。小川さんたちのような取り組み方は年月もかかるので、出来ません。自分なりの理念はあるけど、今、実際に同じようにアプローチできるかというと難しいですし。その中で、ビデオ時代の利点を活かして撮りました。一人で複数のパートを担当しました。照明は僕がやっていますし、ライン・プロデューサーは撮影や録音も担当してくれました。「素人が素人としてまじめに撮る」と。
――― これからもドキュメンタリー映画の制作は続けるのですね?
中田 はい。劇映画と並行してドキュメンタリーも継続して作っていきます。
――― 今回の作品はどれくらいの日数で撮ったのですか?
中田 どれくらいでしょうね。インタビューが1日につき1人で、1日に2人はあったかなあ? あったとしてもあまりなかったと思いますし。延べ日数300日では収まっています。インタビューの他にも色々撮ったんですよ。『THE EYE』の鬱憤を晴らすためにボクシングジムに週3回通っていて(笑)。ランニングマシーンを使っているところも撮ったんですけど、使うのを忘れちゃって(笑)。そうこうしている内に『THE EYE』も製作会社が変わっちゃったりと、色々あって、残ろうと思えば残れましたし、引き止められもしたんですけど、丁度、日本から『怪談』(2007)のオファーがあって、降りました。
『THE EYE』は最終的にフランスの監督によって完成しました。ほか、『THE JUON/呪怨』(2004)は本作にも出演している清水崇監督でハリウッド映画化。中田監督の『仄暗い水の底から』(2001)はブラジルのウォルター・サレス監督が『ダーク・ウォーター』(2004)としてリメイク。『女優霊』(1995)は香港のフルーツ・チャンがリメイクしているそうですが、どれもハリウッド映画なのに外国人監督ばかりですね。『ザ・リング2』の中田監督もそうですが、海外ホラー作品のハリウッド・リメイクに海外監督の起用が目立つことには、特に理由があるのでしょうか?
中田 ハリウッドが新しもの好きというころでしょうね。僕の場合、『仄暗い水の底から』の評判がわりかし良いんです。わかりやすいですからね。そのわかりやすさがハリウッドでは有効です。新しもの好きとなると、若い監督が多くなりますね。するとギャラも安く済むわけですよ。そのため、外国の比較的若い監督の登竜門になっているのだと思います。その中でコンスタントにヒット作を監督すれば評価はうなぎ上りになって撮りやすくなる。後は代理人が交渉するわけです。ただし、ハリウッドは飽きやすいですから、映画監督などの人材の評価に株に近いものを感じますね。Jホラーやアジアン・ホラーのリメイク・ブームも終わって、今は『13日の金曜日』や『テキサス・チェーンソー』といった昔のスプラッター・ホラーのリメイクが中心のようです。
かなりフラストレーションが溜まったということですが、ハリウッドでの経験は貴重なものではなかったかと思います。技術面などで持ち帰ったものもあるのでは?
中田 もちろん貴重な体験でした。例えば、カバレッジ(複数台のカメラ、アングルで同時に一場面を最初から最後まで通して撮影し、最善のものを採用するハリウッド独自の撮影技法)。これは『L change the WorLd』で、タイの村のシークエンスを撮る際に採り入れました。時間を有効に使えて便利です。
――― 中田監督がハリウッドで得たものは何ですか?
中田 度胸がつきましたね。意見が異なったときにぶつからないとそのまま呑まれてしまいます。向こう(ハリウッド)はぶつかってお互いに良い物を見つけるという考え方ですから。けれど、日本人には物事をはっきり言わない特性がありますよね。そのため、より直接的に言わないと伝わりません。なので「信念を持てるなら首をかけてでも言う」ということが大事。僕も2、3度その必要があってはっきり言いました。
――― もうすぐ次回作のためにイギリスに発たれるそうですね?
中田 はい。イギリスの映画製作はハリウッドとは違って、どちらかというと日本に近いものがあります。良い中間どころ立と捉えています。
オファーがあれば、またハリウッドで監督することもありますか?
中田 もちろん。ただし、「これは面白い!」と、心底自分のやりたいものだったら、ですけどね。ホラーはもういいかな……元々ホラー専門じゃないですし。少し前にホラー映画の話があって、それはイイかなと思ったんですけどね。スプラッターですけど(笑)。あの企画は誰かが撮るんじゃないですかね。まだ生きてると思います。
偶然、キャリアのポイント・ポイントにホラー作品があったということで、中田監督としてはむしろメロドラマやラブストーリーがお好きだとか?
中田 はい。物語の中にある人物・空間の持つエモーションに興味があります。
『ハリウッド監督学入門』に、『テキサス・チェーンソー ビギニング』のジョナサン・リーベスマン監督が出演していてビックリしましたけど、彼もホラー映画が好きというわけではないとか?
中田 ジョナサンもそうですね。彼は『RINGS』(2005・日本劇場未公開)という、『ザ・リング2』の前日譚にあたる短編ハリウッドで初めて撮った『DARKNESS FALLS』(2003・邦題『黒の怨み』)がヒットして、それからホラー監督というイメージがついてしまった。ホラーを好きなわけではまったくないですね。けれど「南アフリカに帰っても映画の仕事がない」って言っていましたから。あ、あと、ジョナサンは物真似が上手いんですよ。(映画監督・プロデューサーの)マイケル・ベイの物真似とか、凄いんです。あまりに凄すぎてここでは言えないですけど(笑)。
――― 『ハリウッド監督学入門』。特にどういう方たちに見ていただきたいですか?
中田 まず、映画製作をやっている人たち。それから一般の映画ファンの方方にも見て欲しいですね。やはり映画と言えばハリウッドですから。イーストウッドも頑張っていますしね。ただ大きくなりすぎた。どの監督が撮っても似通った作品ばかりといった状況だから当たらなくなってきた。映画ファンも、作り手の立場から「最近のアメリカ映画ってどうなのよ?」というところを知ってもらうことができると思います。
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昼前に大阪入りし、日帰りで東京に戻り、休む間もなくイギリスに経つという強行スケジュールだった中田秀夫監督。しかも、インタビュー取材がびっしりの過密スケジュールであったが、些かも疲れを見せず、お菓子をパクつきながら、一つ一つの質問にじっくりと答えてくれた。イギリスで撮る次回作は『Chat Room』というタイトルで、インターネットのチャット・ルームを利用する子どもを中心に展開するスリラー要素の強い人間ドラマとのこと。最終的に日本の秋葉原通り魔事件につながるテーマを描くという。「ホラー」ではなく「スリラー」。くれぐれも誤解しないように!
私事で恐縮だが、筆者は、中田秀夫監督作品の全てをリアルタイムで鑑賞している。我が青春の映画史を確実に彩っている監督であるだけに、今回のインタビュー取材は非常に楽しみであり、またいつも以上に緊張したものである。そんな中、初めて劇場で鑑賞した中田作品が『暗殺の街 極道捜査線』(1997)であることをお伝えしたところ、「劇場で観たっていう人、ほとんどいないでしょ、アレ」とニコニコ顔。「どうでした?」と問われ、「ハードボイルドなのにウェルメイドなところが新鮮でした」と答えると、「それが狙いだったんですよ」とやはり嬉しそう。取材終了後、「一番好きなのは『ラストシーン』です」と告げると「ありがとう」と。
巷では、『女優霊』『リング』『ザ・リング2』の監督として、ホラーのイメージが色濃いように思えるが、実は多岐に渡るジャンルを手掛けている器用な監督なのだ。中でも、ドキュメンタリーは、中田秀夫のライフワークといえるこだわりのジャンル。『ハリウッド監督学入門』、是非御覧頂きたい。
ハリウッド監督学入門 http://www.bitters.co.jp/hollywood/
原題『FOREIGN FILMMAKERS’ GUIDE TO HOLLYWOOD』
2008年 日本 73分 配給:ビターズ・エンド
監督:中田秀夫
撮影・録音・ライン・プロデューサー:xジェニファー・フカサワ
編集:青野直子
整音:柿澤 潔
サウンド・エフェクト:柴崎憲治
音楽:川井憲次
【上映スケジュール】
公開中(〜4/17) 東京:シアター・イメージフォーラム |5/2(土)〜15(土)広島:横川シネマ
5/16(土)〜 大阪:第七藝術劇場
|順次公開
群馬:シネマテークたかさき
愛知:名古屋シネマテーク
京都:京都シネマ
兵庫:神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次公開