阿部定は、昭和猟奇事件史を紐解く時、避けては通れない存在だ。芸妓から娼妓へと転じた定は、「真面目に生きるように」と諭され、東京・中野の割烹・吉田屋の女中となる。しかし、運命とは皮肉なもので、彼女は主人である石田吉蔵と不倫の関係となり、狂おしいまでの肉欲の宴を繰り広げた挙句、吉蔵を絞殺。ただそれだけならば、よくある情痴の果ての刃傷沙汰として、早々に歴史の渦に巻かれ、後世に語り継がれることもなかったろう。ところが、ここで事件は終わらなかった。
定は、吉蔵を絞め殺した後、その性器を切り取った上、シーツに血文字で「定吉二人キリ」と記し、更に吉蔵の死体に同様の文字を庖丁で刻み込むという猟奇性を見せたのである。
この事件は、これまでにも数々の映像化が試みられている。最も有名なのは大島渚監督による『愛のコリーダ』(1976)であろう。阿部定を演じたのは松田英子。その他にも、賀川雪絵が演じた他、阿部定本人が出演(!!)してもいる実録・猟奇犯罪オムニバス映画であった『明治・大正・昭和猟奇女犯罪史』(1969)や、宮下順子主演の『実録・阿部定』(1975)、黒木瞳主演の『SADA』(1998)など、その時代を代表する美人女優たちが、それぞれの阿部定像を模索してきた。
そして、2008年。『花と蛇』シリーズ2作で、インモラル銀幕女優としての地位を確立した杉本彩が、この大役に挑戦。必然的とも言える納得の配役である。そして彼女は、周囲の期待に応えるように、2000年代のこの世に阿部定を蘇らせてみせた。
石井隆に続いて、女優・杉本彩を演出するのは、『鬼火』『恋極道』『皆月』『弱虫 <チンピラ> 』の望月六郎である。男と女の情念を描けば、石井隆と双璧とも言える実力派監督だ。本作は、史実をベースにかなり自由な飛躍を見せ、寺山修司や丸尾末広を想起させるアングラな観念劇を導入し、相当変わったつくりになっている。定と吉蔵の <JONEN=情念> が過去と現代を自在に行き来するという不条理な様は、岡田以蔵の思念が時空を越えて彷徨う様を描いた『IZO』(2004)に通じるもの。その証拠に、脚本・武知鎮典&主題歌・友川カズキの他、キャストにも重複が見られる。
観る者によって賛否が激しく分かれる作品だが、個人的には面白く見た。杉本彩の体当たりによる熱演は紛れも無く見ものと言える。哲学とギャグの境界線上の綱渡りが、非常に危なっかしいふらつきを見せるが、その体を守りながら何とか渡り切って見せたという印象。こういった独創的な映画、あっても良い。
JOHNEN 定の愛 http://johnen.showtime.jp/
日本 109分 R-18指定作品 配給:東映ビデオ