銀幕ナビゲーション-喜多匡希

地球で一番幸せな場所

【幼き労働者:トゥイが紡ぐ
ハートフル・ストーリー】 あとで読む

地球で一番幸せな場所
© ANNAM PICTURES

 ベトナム最大の都市であるホーチミンを舞台に繰り広げられる幼いバラ売りの少女:トゥイの物語と、こう聞けば、きっと可愛らしい作品に違いないと思われることだろう。実際、本作は心温まるハートフルでチャーミングな作品だ。しかし、この可愛らしさは、ベトナムの現在いまをストレートに切り取っているがゆえのもの。一見、可愛らしい物語に映るが、そこにはベトナムが抱える問題点が浮き堀りにされているのだ。

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 主人公の少女:トゥイは、両親がいない。田舎町で伯父の経営するすだれ工場で働いていたが、仕事の失敗を激しく責められ、意を決して家出をする。辿り着いたのがホーチミン。これまでの生活とは違う大都会に目を白黒させるトゥイだが、観光をしている余裕はない。彼女は住居も仕事もないストリート・チルドレンだからだ。田舎に戻ることを良しとせず、このホーチミンで自立する道を選ぶトゥイがけなげだが、そこに悲壮感はさほどなく、前向きな生のエネルギーが実に微笑ましく感じられるほどだ。

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 やがて、トゥイは絵葉書やバラを売るという仕事を見つける。バラ売りの元締めから学校の制服を渡され、それを着用してバラを売ることで同情を誘うことを覚えたり、同僚の少女から嘘をつくことを教えられたり。こうして文章にして説明すると、なんともあざとく感じられるかも知れないが、やはり快活に描かれていて、思わず笑みがこぼれてしまう。したたかな生活の知恵も、描きようによっては見ていてウキウキさせられるものなのだ。そして、ここに人間同士のふれあいがあるからこそ、本作は温かい。冷たい視線に晒され、蔑まれる描写で哀れさを強調するということをしないのが良い。あくまで前向きで微笑ましいエピソードの積み重ねが本作を瑞々しいものとしている。

 そういった、不安定ながらも刺激的な日々を送る中、トゥイは2人の男女に出会う。1人は失恋の痛手から立ち直れずに落ち込んでいる青年:ハイ。彼は動物園で象の飼育係をしている。もう1人はパイロットと不倫関係にありながら、その関係に疲れかけている客室乗務員の女性:ラン。トゥイは、ハイとランを結びつける恋のキューピッドになろうと思い立つ。

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 トゥイにそんな心の余裕などないように思える。人の世話を焼くほどゆとりがある生活をしているわけではない。はっきり言ってその日暮らしの生活だ。それでもトゥイは2人の間であれこれと動き回る。その様が実に愛らしく、その模様を見つめる観客の心も自然に和んでくる。トゥイを応援するようになっていく。ハイとランが結ばれれば良いと願うようになる。

 金銭的に裕福でも心が貧しい人はいる。逆に、生活が苦しくても心が豊かな人もいる。

 トゥイの頑張りは、観る者によってはおせっかいに映るかも知れない。好奇心から生まれた行動であるとも言える。しかし、そこには、純粋な真心も間違いなく存在しているのだ。その清らかさが全編に染み渡っているからこそ、心に優しく響いて来る。

 トゥイに <天使> というファンタジックな言葉は似つかわしくない。彼女は <幼き労働者・生活者> なのだ。その地に足の着いた現実を忘れない描写の積み重ねが、この愛すべき佳篇を生み出した。

地球で一番幸せな場所  http://www.cinemart.co.jp/shiawase/

原題『OWL AND THE SPARROW』
2007年 アメリカ/ベトナム 98分 配給:エスピーオー
監督・脚本:ステファン・ゴーガー
出演:ファム・ティ・ハン、レー・テー・ルー、カット・リー、グエン・ハウ、グエン・キム・フーン、ほか

【上映スケジュール】
8/2(土)〜  東京:シネマート六本木
8/9(土)〜  大阪:シネマート心斎橋
9/20(土)〜 福岡:ソラリアシネマ
近日公開予定 愛知:名古屋ゴールド・シルバー劇場
そのほか、全国順次公開予定

 

2008年7月28日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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