古今漫画夢現-text/マツモト

中村明日美子
『 同級生 』

読む者の記憶にとどまる“空間の余韻”

基本的にイロモノキワモノ好きな自分にとっては、BLも一応興味の範疇ではあった。BLとはBoys Love、つまり少年愛を題材にした創作物のことで最近とみに話題に挙がるのだが、手の伸びるジャンルとまではいかなかった。しかし先日少し物色しただけでもワンサカ出てきて…いったいどれだけの作品があるのか。どうやらBLの世界は奥が深いらしい。

そういえば、4、5年前にいた男子寮生の部屋から『純情ロマンチカ』(中村春菊)が出てきて読んでみたのを思い出す。これがぼくのBL初体験と相成ったのだけれども、あえなく30ページで本を閉じてしまった。男同士のカラミに生理的な反発を覚えたのはともかく、台詞回しが想像豊かな腐女子の饒舌さを思わせるのがどうしても納得いかず、腹を立てたのだった。あれから時もたち、多少はBLも読んでみている。basso(オノ・ナツメ)、よしながふみ、黒娜さかき…あらら、皆有名どころで連載中の人ばかりじゃないか。そんな程度の知識である。

今回挙げてみたいのは、中村明日美子の『同級生』。中村氏の作品は今まで何度も目に入っていたが、手に取るのはこれが初めて。男子校ではじまる恋の物語。楽天的なおバカ・草壁と繊細なインテリメガネ・佐条。草壁が佐条に合唱の練習に付き合うところから2人は惹かれあう。大人になる前の少年たちが抱く同性への関心が恋へとかわる(という現実ならば二重の意味でまことに“あり得ない”)過程が丁寧に描かれている。

正直に言うと、実に心地よいのだ。惹かれあい、すれ違い、ねたんだり、不安になったり……一見どこかで見たことのあるストーリーで構成されているのにもかかわらず。そこにはコマとコマの間を流れていくような主人公たちの情感が、優しく汲み上げられている。2人の恋の過程、その想いに焦点が当たり、肉体関係のような即物的な方向へ安易に流れてしまわない。代わりに現れるのは、“空間の余韻”だ。何か起きた後の、情景と人々の顔。一コマ一コマに文字通りの空間が生まれる。すると、それは静謐さや清潔さ、軽快さを促すとともに、人々の想いが一瞬時を止めて、凝固する。それらで紡ぎ合わされた彼らの世界は、まるで若き日のキラキラとした思い出が鮮やかに残るように、読む者の記憶にとどまっていく。

ぼくにとって重要なのは、そこに何か自分の内に響くものはあるか、それだけだ。どんな内容であれ、何かを思い起こさせ、心震わせてくれる作品が「気になる作品」となる。この細く美しい線で作られた本作を読んだとき、そして触れる程に近づく2人の顔がふと思い出されたとき、人にもう少し優しくできるかもしれない、と、心の中に温かいものが残った。

2008年10月20日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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同級生(中村明日美子/茜新社/EDGE COMIX) p.80 はじめての人
『同級生』(中村明日美子/茜新社/EDGE COMIX) p.80【はじめての人】
作者は三白眼が好きだと言うが、高校生に不釣り合いなほどの凄艶さがある。
天野喜孝を思いだす。
同級生(中村明日美子/茜新社/EDGE COMIX) p.106 ばかと大馬鹿
同p.106【ばかと大馬鹿】
形ぞろいの中にたまに出てくるサブキャラが結構かわいい。デフォルメとまでいかない軽妙な感じ。
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