古今漫画夢現-text/マツモト

福島 聡
『 DAY DREAM BELIEVER again 』

実体はないが確実に自分の中に存在する、
この不透明な余白

日々は常に過ぎていく。その中で、ぼくたちは自分のノルマをタイトにこなすだけでも問題ないのだが、ぼく自身にはそれを続けていくほどに何かを見失っている、という感覚がどこかに残る。そんなとき、夢は有限の現実に無限の余白を与えてくれるのだ。甘美で、遊離していて、それでいて自分のものでしかない夢という余白。夢を持ち続けることで、現実の日々は重層的になり、厚みを帯びてくる。しかし一方で、夢は実体を持たないが故に、気を許すと自分の生活を浸食しだす危険なものでもある。この危うい均衡の中で、ぼくは、そして人々も生きているように思う。

『DAY DREAM BELIEVER』は、実体はないが確実に自分の中に存在する、この不透明な余白を表現したものに映った。当時「モーニング」で連載していたときに、ぼくは訳も分からずに引きずり込まれた。登場人物たちは明確な目的もなく、ただ己の欲望だけで進み続ける。終始付きまとう不穏な空気。作者が何を言いたいのかも判然としないのに、この作品は一体どこへ行ってしまうのかという妙な焦燥感を抱きながら読んでいた。読まずにはいられなかった。

本作は、当時連載された内容を収録するとともに、改めてプロローグとエピローグを加筆して発売されたものである。博物館の学芸員を務める主人公・日下部カスミのもとに、2人の男がやってくる。2人はカスミに、彼女は自分たちと同じ能力を持っている、と言う。その能力を犯罪に使って日本中を回ろうというのだ。カスミは快諾し、彼らと道行を共に始める。彼女の能力は、人々が心の底に隠していた記憶を目の前に現すこと。その能力で仲間や銀行員、“鬼”と呼ばれる男に幻覚を見せる。また彼女の能力は計り知れない力を持っていたがために、力を制御できず、最終的には自分自身も幻覚に取り込まれていってしまう。

主人公の見ている世界が崩れるということは、作品全体を支えていると思われていた世界観が崩れるということでもある。まさに混迷の一途をたどるようなものだ。しかも、本作は思いもよらない形で結末を迎える。そこに達成感もなければ、カタルシスもない。得てしてノワールと呼ばれるジャンルにはあまり爽快な終わり方がないし、作者の短編集「6番目の世界」あとがきに打ち切りだったことが記されている。でも、それゆえに本作は当初から感じられていた不穏さ、不透明さが深くなった。実際に、何度読み直しても要領を得ない。いったい、あれは何だったのか……いつか、どこかで見た夢のように、言いようのない不安とともに思い出す作品である。

2008年12月1日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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『DAY DREAM BELIEVER again』(エンターブレイン/Beam comix、福島 聡)p.85 3「昏い昼、透明な夜」
『DAY DREAM BELIEVER again』(エンターブレイン/Beam comix、福島 聡)p.85 3「昏い昼、透明な夜」
全編通して、映画的なカット割りがなされている。作品の異様な雰囲気は、このリアルさにこそ支えられているのだろう。
『DAY DREAM BELIEVER again』(エンターブレイン/Beam comix、福島 聡)p.178 6「力と呼ばれるモノと、精神的束縛からの解放。」
同p.178 6「力と呼ばれるモノと、精神的束縛からの解放。」
能力ものの例に漏れず、その能力に呼び名が付けられているのに殆ど説明がなされない。極めてドライ。
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