2
新しい年が明けた。思えば“年明け”というのも一体いつの時代から決められたことなのだろう。ぼくは、遠い昔に人々の生活に根付く習慣から、自分たちの日々を支える一年が定められたことに思いを馳せる。昔からの習慣は伝統と呼ばれ、今も息づく。ぼくたちは、普段気にも留めないような伝統と、どうやって生きているのだろう。このマンガを読んでいてそんなことを思ってしまう。
「天顕祭」は、大地が汚染し尽くされた戦争後の世界が舞台となる。主人公の真中は鳶職の若頭。キャバクラで出会った少女・木島が鳶職に就くが、彼女の行動には気になる所がある。しばらくすると、警察までもが彼女を追ってくる。彼女は、北山飛地の天顕祭の巫女、クシナダ姫だというのだ…。
久々に、読んでいて鳥肌の立つような作品に出会った。淡い筆致で、しかし非常に均整のとれた絵からは、それだけではない世界の重厚さがありありと描かれる。新しく作られた世界を舞台とし、しかもそれを作品全体に余すことなく反映させきったのは本当にすごい。ハードSFと言っても十分に通用するのでは、とも思ってしまう。しかし、本作の見どころはそこではない。新たな伝統行事は、戦後の人々の願いだけで作られたものではなかったのだ。50年ごとの天顕祭は、古来のヤマタノオロチ伝説と深い関わりを露わにする。
本作は恐らく、伝奇作品といったジャンルとも並行して語れることだろう。たとえば諸星大二郎氏の「妖怪ハンター」シリーズには古代の神々が蘇るさまが生々しくも描かれるが、本作でヤマタノオロチが己の封印を解こうとする光景は、引けを取るものではない。現代にあらわれる神々の魂とはどれほどのものか。決して矮小化して語ることのできない存在に対する畏怖の感覚が、全編に底流しているようだ。
しかし、これが神秘化の果てに作品としての行く先を見失っているというわけでもない。真中と木島の恋の物語としても、起きた事件の物語としても、すべてが見事に包み込まれる。このストーリーテリングの絶妙なバランス感覚! また物語としての安定感、そして語られる世界観の安定感、これらがあるからこそ、読者は安心して身をゆだね、主人公たちの運命に固唾を呑むことができる。
ぼくは読んでいて、実在する世界のことを語っているかのようにさえ思われた。中学生の頃、ラブクラフトの世界が本当にあると半ば信じていたような、あの感覚だ。本作はそれほどまでに読者を引き込んでいくだけの力がある。正月早々に本当に佳いものを読んだ。未読の方はぜひご一読いただきたい。