古今漫画夢現-text/マツモト

義凡/信濃川日出雄『ヴィルトゥス』

“タイムスリップ”なんて古いネタ、
いったいどう回収するつもりなんですか
……と相当警戒して読んでなかったのだけど。

8月中旬、月刊!スピリッツが創刊された。執筆陣には高橋しんや北崎拓などベテラン作家や、休刊となった週刊サンデーから移ってきた作家が名を連ねている。正直なところ、月刊としてそこまで魅力が感じられない…のだけど、やはり創刊の意気込みは各作品の面白さから伝わってくるというか。そこで目についたのが、義凡原作・信濃川日出雄作画の『古代ローマ格闘暗獄譚 SIN』だ。これまでビッグコミックスピリッツで連載されていた『ヴィルトゥス』の続編となる。

『ヴィルトゥス』の舞台は古代ローマ。暴力による支配を続けるコンモドゥス帝に対し、「義」を持つ者を求めて2008年の日本から囚人たちが送り込まれる。自分たちの状況も分からず戸惑う彼らは突然コロッセウムで生死をかけた戦いを強いられ、是非もなく奴隷闘士にさせられる。さまざまな過去を持った男たちの過去とともに、物語がつづられていく。

本作についてはぼくも少しは知っていた。“タイムスリップ”なんて古いネタ、いったいどう回収するつもりなんですかスピリッツさん……と相当警戒して読んでなかったのだけど、今回単行本を読んでみて気が変わった。意外にしっかりしたストーリーとキャラクター。そして次第に分かる壮大すぎるスケール。大きな期待と予想される失望の板挟みにあって「どうすんのこれ!!」と思わず突っ込みをいれたくなるような気分。こういった作品が往々にして陳腐に収まってしまうことを忘れてはならない。

本作は5巻を終えた時点で大量の伏線を残していっている。柔道世界王者にして父殺しの成宮尊の失踪、引きこもりだった神尾心の成長。もしかして『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也)のような古代ローマ格闘と現代格闘の異文化バトル?それとも『ホーリーランド』(森恒也)のような元・引きこもりのケンカもの? いや、そのどちらでもなさそうだ。タイムスリップという時点で話は更に込み入っている。となると、『ナルニア国ものがたり』ではないが、異世界を行き来するのか?でも作者はどうやら主人公たちを現代日本に返す気はなさそうだし、当てはまりにくい。……いたるところに話題の切り口があるからかテーマが見えづらいのだ。それでも確実に単発ではない「何か」をしようとしている雰囲気は濃厚なので、期待が大きい分だけ気になってしょうがない。

このままの流れで行けば、本作はいわゆるサバイバルもの、成長ものになるような気がする。現代日本というぬるま湯に浸かった彼らがたくましく成長してゆく、という展開は十分に考えられる。でも続編の公式HPでは「格闘大河物語」とせっかく銘打たれているのだから、良い意味でこちらの期待を大きく裏切ってもらわないことには納得できない。あと少し欲を言えば、ストーリー全体に流れる違和感を追々でいいので調整してほしい。

ただ、絶対に夢オチだけはありえない。例えば、安易に現代日本に戻るような結末。「あの命を削るような日々は、僕たちの見た「夢」だったのかもしれない」なんてやられた日には、いったい何を今まで見てきたのか、とやるせなくなるに決まっている。そういう意味で、以前紹介した福島聡の『DAYDREAM BELIEVER』は最高だったなあ。ああいう曖昧な終わり方もアリだ。いずれにせよ、これからの展開が非常に心待ちにされる作品である。ここはひとつ、僕たちの心に刻みつけられるような伝説的な作品となってもらえないだろうか。

2009年9月14日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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w r i t e r  p r o f i l e

義凡/信濃川日出雄『ヴィルトゥス』(ビッグコミックス)小学館、4巻、Bellum35、p.168
地下アジトで狂気の行為に及ぶ鳴宮尊の父、凱。陰惨な場面に似合わない爽やかな笑顔はもはやギャグだが、目が離せない。

同5巻、Bellum46、p.164
こちらも思わず笑ってしまったページ。「北斗の拳」ばりの濃い劇画、こういったありえなさは魅力のひとつ。
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