古今漫画夢現-text/マツモト

藤枝奈己絵『夢色お兄ちゃん』

大手掲載のマンガでは得られない、
グダグダな感覚の世界。

アックスをよく読む、という女の子が最近やってきた。彼女が持ってきた本の中には、藤枝奈己絵の『夢色お兄ちゃん』と『変わってるから困ってる』が入っている。装丁は日常ものの少女マンガか…と思って読んでいたら、何か違う。微妙に違う。しかも読んでいるとテンションが微妙に下がってくる。なんだか分からんが困ったマンガだな、と思ってしばらく放っていた。そして今回マンガを選ぶときになって、なぜか挙げたい作品が藤枝奈己絵の他に思いつかなくなっていたのだ。今回はそんなマンガ、『夢色お兄ちゃん』をご紹介する。

『夢色お兄ちゃん』とは、元・超人気俳優で、現在は巨体の気持ち悪いおっさんでしかない兄を持つ妹の日々を描いたお話。妹・文子は寝るのが大好き、食事もせずにずっと寝ていれば幸せな気分でいられるグウタラ娘だ。それ以上特に何か起きるわけでもなく、ただゴロゴロしていたり、人気下降中のアイドルが遊びに来ては時間を潰している。お兄ちゃんと言えば早朝から鍋を作ったり、干物を近所に売り歩いたり。オチはない。ただそんな日々が続く。

しかし、グダグダだ…。話がグダグダなのではなく、この話の世界全体からしてグダグダな感じを漂わせている。こういう感覚は、良い意味でも悪い意味でも大手の雑誌に掲載しているようなマンガではあまり得ることができない。少なくとも本作の世界観は作る前からできあがってしまっていて、しかもそれ以上広がろうとしないような「閉ざされた」感じになっている。どんな雲の上のアイドルがやってきてもたぶん同じだろう。このお話の中では全部が、言ってみれば四畳半のレベルで事足りてしまう。

この感じは、周囲の社会から離れて微妙に自分の世界だけが浮き上がってしまうような、そんなときのものによく似ている、とも思う。前回紹介したような『正義隊』(後藤友香)で抱いた“ナチュラルな”ブットビ感や、『DAYDREAM BELIEVERS』(福島聡)の“押し拡げられた”狂気の世界ではない。もっと現実に近くて、しかし限りなくそれが妄想に近く、本人もそれが妄想だと分かっているギリギリのレベルにいるような、かなり微妙な状態の感覚がここに現れているような気がする。

つまり、これは作者自身の生活に肉薄しているように感じられてならないのだ。当たり前だけど、現実の生活はヤマもなければオチもない。何か彩りを添えるとすればそれは本人の想像力であって、こんなのあったら面白いな、こんなこと起きたらどうしよう、などと他人から見れば他愛もないことがモクモクと広がっていく。それがそのままマンガされている。そういう意味で本作品は、日常もの、もとい自分の生活ルポの王道なのではないだろうか。

しかし、絵にされた出来事の底には、さっきも述べた閉塞感が流れている。マンガにされる部分が想像豊かに描かれれば描かれるほど、現実の生活から離れていく。このギャップに気付いた時、ぼくはやたらへこんでしまった。そういえば、読んでいる途中で『ハピネス』(古屋兎丸)の「アングラドール」が思い出されたのだった。どこにも行けない、という感じはぼくをやたら落ち込ませる。最近疲れてるしな…将来も…いやいや、少なくともマンガはもっと彩り豊かに味わいたいものである。作者の藤枝氏はもっとマンガを描いてほしい。そうすれば福満しげゆきとか野村宗弘くらいの存在感が出る…かもしれない。

2009年10月12日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

ご感想をどうぞ
▲comment top
< 西炯子『娚の一生』 | 義凡/信濃川日出雄『ヴィルトゥス』> >>
▲PAGE TOP
古今漫画夢現RSS feed
w r i t e r  p r o f i l e

藤枝奈己絵『夢色お兄ちゃん』(ビッグコミックス)(青林工藝社)、p.6 その1「これが私の生きる道?」の巻
突っ込み所の多いモノローグに笑った。その間は彼らの中に存在しなかったのか? マジカルワールド。

同p.57 その5「素敵な俳優田中君!!」の巻
人気俳優田中君に相談を持ちかけられ…ってどうみても五目並べの相談だろう。しかし実際はもっととんでもない話題だった、という2段構えが心憎い。
turn back to home | 電藝って? | サイトマップ | ビビエス