どうやらわたしは勘違いをしているようだ。目の前の人形はしゃべっていなどいない。よおく見てみると口も動かなければ笑っているような表情もない。だが、話し声が聞こえるのは本当だ。ただ、それが人形から出ているのかよくわからない。声だけがいくつかの塊になって空中を漂っているような、その都度あちらこちらから聞こえてくるような。第一声ともいうべきため息が、隣との壁の向こうから聞こえてきたような気がしたのも、なまじ思い込みでもないようにも思われた。ただ、手足はひゅんひゅんとよく動いた。
「あんた、なんにもしらないんだな」
タッフィは首をかしげて自分で自分の頭をつついた。もう、しずくはたれてはいない。
「カレンが先々週の金曜日から、洋品店の看板のなかに入るバイトを始めちゃって。ミーティングを開いてかわりの奴を捜すことになったんだよ。ぼくってこれでも長老だからね、今日は一番乗りしようと思ってたのに、時計が五時間も狂ってて早くきちゃったみたい。店主のじじいが気がつかないから、最近はよくアンティーク屋の奥の棚にいるんだ。そこってあってる時計って一個もなくて。待ち合わせとか困るね、そういうの」
タッフィ(おそらくタグにあった文字が彼の名前なのであれば)は、ませた子供のような口調で話し、またくっく。と笑った(ほんとうは笑った声だけがした)。わたしはぼんやりしながらも、もしかしてと思いながらそうっと彼のうしろがわにまわり、そのふわふわの背中をじっとみた。彼は無表情のまますっとふりむき、
「ないってば。なんにも」
というと「あーあ」といいながら、大の字になって畳のうえに寝転んだ。“ぱふぅ”っとたよりない音がした。短い両手をひくひくとのばしているその姿がちょっとかわいらしかったので、わたしはついにやにやと彼を眺めてしまった。状況が悪化するほどに発揮される弛緩ぶりというやつだ。この場合、悪化なのかどうかまだよくわからない。タッフィはそんな私を一瞥すると、さっきまでの甲高い声からちょっと低く太い声になり
「さ、行かなきゃ。いそがしいんだぼくは」
といって、立ち上がった。
「どこに?どこにいくの」
「診療所だよ」
「診療所って」
「だから、さっきのゴミの、あんたにふんずけられたとこ」
「あそこで、何をしてたの?」
「だからさ、みんなあそこに、カウンセリングに来てたんだ」
そういうと、タッフィは毛の乾きを確認しながら、神経質そうにぱたぱたと自分の体のあちこちをはたいた。
2004年1月12日号掲載
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