「あの、僕は何日も前から何にも食べてなくて、なんだか、頭が重たいというか。君の話をうまく飲み込めなくて、本当にもうしわけないんだけど」
「うん。人間のことはよく知っているよ。人間は飢えるんだよね。いつもだろ。ながいあいだきみらとつきあってみて、なんとなくそういう感覚を想像することだけはできるようになったし、きみらが飢えているって、叫んでいるときにはとりあえず寛容に接することにしているよ。しかたないんでしょ、それって」
タッフィはなにも感知していない様子の真ん丸の目と口角のややあがった口元という無表情と微笑みの間のような微妙な顔つきのまま少し語気を強めていった。その顔は“ぼくをあいして”と媚びてるようでもあり、また“ぼくがなんでもうけとめてあげるよ”と歓迎しているようでもあり、でもほんとうのところそれは、“ぼくにはかまわないでよ”なのかもしれなかった。
「きみはなんでぼくがこうして話しができるかということがまずわからないんだろう?ぼくだってほんとうは、話したくなんかないんだ。ぼくが話せる。ということは、つまりぼくが病んでいるという証拠なわけだからね」
「病んでいる?」
「うん。健全なテディベアはしゃべったりしないよ。でもね、なんていうのかな胚芽のようなものはどんなヤツでももってるんだ。その胚芽が発芽してしまうか、胚芽のまま闇のなかでじっとなにも起こらないか。て違いだけじゃないかな」
「なにがどうなると、発病するの」
「<リンカイテン> とかいうやつのせい。だよ。たとえば意識がないぼくらに意識が生まれるまえの器みたいなものがあってぼくらにまつわりつくようにふかふか浮いてるとするだろう。それがさっき言った、いわば胚芽にあたるのかな。それは、おそらくぼくらだけにあるものだと思う。それがあるから、きみたちはぼくらのことを“愛すべきもの”と感じるのかもしれないね。その器は最初はからっぽなんだ。でも人間のもとで暮らして、毎晩ベッドのなかで抱きしめられたりしているうちに、ぼくらにはきみたちの孤独とか哀しみとかの澱みたいなものがすこしずつそそぎこまれ、やがて器に流れ出していくんだ。そりゃあ普通
は何人の人間と何年くらそうがそれがいっぱいになるなんてことはことはまずないよ。でも、抱きしめる側の苦しみや哀しみがあまりにも深すぎるとき、器のなかはあっというまに満ちて強い衝撃とともに〈リンカイテン〉に達してしまって、しまいには相転移してぼくらを汚辱したり狂わせてしまうようなものに変わってしまうんだ」
「そのときから病気、つまり、言葉をもつんだね」
「まあ、そうだよ」
タッフィはいつのまにか畳のうえに座りなおして、ゆっくりとうなずいた。
2004年1月19日号掲載
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