「でもね、君らが考えてるような言葉とはちょっとちがうんだ。ぼくらのは」
タッフィは疲れる様子もなく続ける。それはそう、人形だもの。
「記憶でできた惑星みたいなもの、っていえばいいかな」
「記憶っていうのは、その、言葉をもったときからの?」
「うんとね、生まれたときからのものが再生装置をもたないレコーダーみたいに記録だけはされてるみたいなんだ。でも、それを記憶として認識するのは発病して言葉をもったときからかな」
「なるほどね」
「もちろん、単語ひとつひとつのほんとうの意味はわからない。おなかがすいた。とかがどういうことなのかとかさ。でも、たがいが結晶みたいにつながりながら薄い氷のようになって全体的な意味(たぶん意味なんだ)を伝えてくる。ただ眠ってた記憶はなんでかわからないけど言葉になったとたん重たい塊になってぼくを苦しめはじめたんだよ」
テディベアのなかで、人間の哀しみの記憶によって生ぜられた言葉とは、きらきらとした均質な人工素材のものによるモザイクのようなものなのだろうか。それは増殖する原生動物のように、あるいは彼の言う氷の結晶のように、彼らにとって意味のない記号の連綿であるがゆえの美しさをもっているように想像される。おそらく、わたしたちの使っている言葉よりはるかにもろくたよりない(わたしたちの言葉が実際にはたよりないものだとしてもやはりそれよりはずっと)。しかもそれは広がりをもって彼を包んでいるわけではなくて、冷たい塊として彼からすでに離脱していながら付かず離れずそのまわりを浮遊し、彼らに彼ら自身にもよくわからないなにかを重く吐き出させようとうごめいている。タッフィの声が宙を漂っているように感じるわけがわかったような気もした。
「それで、発病したテディベアたちにとって、診療所でのカウンセリングが必要だったんだ」
「そうだよ。カレンは、ぼくらのためにカウンセラーをかってでてくれていたんだ。僕らが言葉をもったからといって、どうしても人間に話しかけるわけにはいかなかった。洋品店で働いていたカレンは人形だったけど、ぼくらの話しを聞くことができたから」
「カウンセリングっていうのは、つまり、きみたちの話しを聞くということなのかな」
「うん。記憶の惑星を粉砕してしまわなくちゃいけないからね。何度も何度も角度をかえながら話しをしているうち、そいつは乾いていってそのうち土くれみたいにぽろぽろくずれていくはずなんだ。あるいは蜂蜜みたいに溶けていくのかもしれない。ぼくはまだ体験してないけど。ほんとはね、これは内緒だけど、まだだれも体験してないんだよ。でもすこしは楽にはなるからいいんだいまは」
「回想法というわけだね」
「そんなところだよ」
2004年1月26日号掲載
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