turn back to home「週刊電藝」読者登録


who?

 

はじまりへ
タッフィ

 

 

 

 

 

 

 


 エルは鏡台のなかの自分の顔に見知らぬ女にするように丹念に化粧を施しながら数時間後に予測できることのすべてについて考えていた。自分の身の上に起こることがそれぞれ順番を間違えているのだということ。だからそれは順番の違いのみが問題なのであって、自分の行動やそれ自体には問題はないのだ。ということ。そして恐ろしいのは事象の順番はどうであれ時間は確実に経過し彼女は年老いていくということ。いまも、鏡の中に生命力の衰えのような表象をいくつか発見してためいきする。

「マーロン、ママは昼からおでかけだけど、学校から帰ってもひとりでお留守番できるかな」

「タッフィがいるからだいじょうぶ」

「そう。火をつかっちゃだめよ。あと、今日は、お家のなかで遊んでいて」

「うん」

「じゃあね。いってらっしゃい」

「じゃあね。いってきます」

 昼下がりの長い陽光のなかを約束の場所にむかって進みながら、エルは何度も久々にセットした髪をてぐしで整えていた。そういったしぐさがまさに少女のイデアでもあるかのように、彼女は、輝かしく美しいかつての自分をまやかしであれよびもどすのだ。

―― 明日世界の終わりがくると知ったらなにをするか。 って、くだらない質問だわ。 そして、たとえそうなってもリンゴの種を植えよう。 ってはなしも ――

 彼女はこころをすさませていたわけではない。ただほんとうに老いていくことがおそろしくてしかたなかっただけで、その日の約束においてなされようとしていることは、その時間を少しでも遅らせてくれる妙義のような気さえしていた。

「いくよ、タッフィ。きのこをみたいんでしょ。ぼくは約束をまもるよ。ママとの約束はしかたないよ。君のほうがさきだもん」

 うらのおやまっていうのは、たんなる雑木林ではなくて、ほんとうにちょっとした深い山なんだ。迷ったらでられないことだってある。そんなとこにマーロンが「ひみつきち」をどうやってつくったかわからないんだけど、彼はちゃんと道も方向もわかっていて、迷うことなく山のなかを歩くことができるんだ。まだ午後の二時だっていうのに山のなかは広葉に日差しを遮られて薄暗くて、なんだかほんとに妖精とかお化けとかいそうだった。話にきいていただけだったけど、ほんとにここにはひみつきちがあるんだっておもったよ。

2004年6月28日号掲載

 

このページの先頭へ