「どう? ねえすごいでしょ」 目に見えないきのこやシダの胞子の匂いでむせかえりそうだった。確かにひみつきちがあった。みためにはそれはもともとあった杉の木のほこらを石ころやら、ツル科の植物なんかでちょっと入り口をマーロンが飾ってみたというだけのものだった。 マーロンとぼくはきちのなかにはいった。中には幾筋か木の割れ目から光がはいってくる不思議な空間だった。マーロンがロウソクをつけてくれると中の様子がみてとれた。子供一人半でもういっぱいくらいの広さだったけど、根っこのぼこぼこを利用してテーブルのようなものや棚のようなものまでしつらえてあったのでぼくはすこし驚いた。 「すごいじゃない。ここ。ほんとに部屋なんだ」 「すごいでしょ。まもられてるんだ。ここは。たくさんのきのこでね。それに、ここは部屋じゃなくて、きちなんだからね。きち。いつかここから指令をだすんだ」 「どこに?」 「えと、ママとパパにだよ」 彼は憮然としながらも、あれこれへんな木の実や葉っぱでこしらえたらしい「ケーキ」と「お茶」でもてなしてくれた。 「タッフィがお客様第一号だね。これからは友達も呼ぶことにするよ。ひみつをまもれるやつだけね」 そのとき、遠くの方でぱん、ぱん、という乾いた音と犬の吠える声がした。ぼくが少しおびえると「だいじょうぶだよ。ここはまもられてるんだ」とまたいって、マーロンは笑った。こころなしか犬の、おそらくビーグルかなにかの声が近くなってきたその時、ざっという音がしてなにかが飛び込んできた。ぼくらは驚いて身をかたくしていると部屋の暗がりで一匹の野うさぎがちいさく震えていた。 「狩だ。にげてきたんだね。だいじょうぶ。ここにいれば。ここはまもられてるんだ」 マーロンはロウソクの火を吹き消して、じつにすばやい動作で野うさぎをひょいと抱き身を伏せた。外は数人の人間の気配と犬の声で騒がしくなっていた。ビーグルの優秀な嗅覚はとうとうここを突き止めたようだ。するとウサギが犬におびえるあまり暴れ出し、マーロンの腕を振り払うようにして跳ね上がったので、マーロンが「いっちゃだめ」といってほこらの入り口に立ったのと同時に銃声がした。野うさぎはあらゆるものをふりはらってものすごいいきおいで森の中へ逃げていった。
あとから思えば、たとえばあの時お気に入りの赤いキャップをかぶっていたなら、とか、ぼくがきのこがみたいなんていわなければとか(きのこなんてほんとにちょっとしかはえてなかったんだし)、野うさぎ猟の解禁日の話題が前の日の食卓ででていたならとか。いろいろあるのだけど、もうその日にそうなることが決まっていたみたいに、マーロンは数時間後に彼の髪の色と同じ被毛の野うさぎの身代わりみたいにあっけなく死んでしまい、エルがそれをしったのはそのまた数時間後になるんだ。
2004年7月12日号掲載
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