当然、ぼくはマーロンの小さな棺に入れられるのだろうとおもっていたし、ぼくの一生ってこんなかんじだったんだっていうちょっとせつない気持ちとともに、それをのぞんでもいたのに。
事件はたいへんな騒ぎを小さな街に巻き起こし、ロイは悲しむひまもなく検証やら裁判やら、とにかく奔走しなければならなかったので、誰もエルの事件当時の不在について問いただすということはおろか、彼女は周囲のひとびとの巻き起こすそういった喧騒からまるで存在そのものを抹消されでもしたかのように、あるいはそれが無言かつ不毛のしうちででもあるかのように、しばらく彼女はほったらかしにされるかたちとなってしまった。そんななかでおそらく彼女はもともともっていた素養によってなのか、他人とのコミュニケーションをまともにとれなくするまでになり、まわりが気がついたときには彼女は誰のことも視界にはいってこないような状態となってしまい、つまり、ぼく以外のものと話すこともその存在を認識することも出来なくなってしまったんだ。
まず事件を知った当初は彼女の混乱からなのか、まるで五才くらいの女の子みたいにぼくを肌身離さず抱きしめたまま、あのポーランド人の男のもとへ転がり込んでしまった。そうやってまるで一種の自傷行為ように抱擁を求めてくることを最初はうけいれはしたものの、おだやかでない彼女の奇行にやがておびえるようになりしまいに男は街をでていってしまうのだった。
「みどり みどり みどりのひとみの かわいいこ」
エルがぼくを「マーロン」と呼ぶようになったのは、お葬式のときからなのか、男が去っていってからなのか忘れてしまったけど、本格的にぼくを彼のように扱いだしたときには、彼女はもうだれの声も届かない場所にいっちゃってたんだ。
ぼくはそんなエルを滑稽で自己中心的で短絡的で愚かな女性だとおもったし、周囲もやがて同情をとおりこして奇異なまなざしを彼女にむけるようになり彼女は完全に孤立したけど、そうは思わなかったものがひとりだけいたんだ。マーロンなんだ。
2004年8月2日号掲載
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