革製のソファベッドに事務机という室内。机の上に全く同じ大振りの湯呑みが二つ並んでいる。一つをリュックにしまい、もう一つは湯沸かしの脇の小棚に戻す。椅子に座り勤務記録を付け、ノートを閉じるハルチカ。
林さん 「おはよう悪かったね、こないだは 二日も代勤頼んじゃって」
ハルチカ 「いえ。どうでした旅行」
ロッカーの前で着替えをはじめる林さん。
林さん 「やー、よかったよ涼しくて。紅葉もいいんだろうけど、俺は今ごろが一番だと思うなあ」
鞄からハルチカへのお土産のジャムと、大きめにプリントした尾瀬(または夏の湿原の花等)の風景写真を取り出す林さん。脇にどいたハルチカと交代で椅子にかけ、勤務日誌を見ながら、正面の壁に掛かっていた額の写真を取り替える林さん。
林さん 「村上くんの書く字はいつ見てもキレイだなあ。俺が書くのが恥ずかしくなっちゃうもんな」
照れ笑いをしながら荷物をまとめるハルチカ。
ハルチカ 「じゃあ、失礼します」
林さん 「おお、そうだ村上君。ラジオ入るようになったか?」
ハルチカ 「ああ、昨日やっときましたよ、大丈夫です。普通に聞けますよ」
林さん 「いや助かるよお、やっぱり競馬は生で聞かなくちゃさあ、ありがとありがと」
ラジオのスイッチを入れてやるハルチカ。ついでに林さんの湯呑みを机の上に置く、ラジオからは甘いラバーズが流れる(エゴ・ラッピンの A LOVE SONG のような曲)
林さん 「おっ、いいねえ」
ハルチカ 「ポットにコーヒー、入ってますから」
スポーツ新聞を広げ手で挨拶する林さん。
出ていってすぐ物陰に隠れるハルチカ。
新聞を読みながら、湯呑みにコーヒーを注ぐ林さん。持とうとするが熱いのでまた置く。流れる音楽。爆発する湯呑み。
ストップウォッチを見ていたハルチカ。駆け込んでくる。
新聞を持ったままのけ反ったが、体勢をたてなおそうとする林さんの顔面を新聞ごとタオル越しのショウテイで壁に叩きつけるハルチカ。後頭部を打ちつける林さん。
林さん 「あぁぁ……」
ハルチカ 「大丈夫ですか! 林さん、林さん!!」
大声で呼びかけながら、意識を失いかけている林さんの髪の毛を掴むハルチカ。新聞紙に顔が包まれている林さん。
壁に薄く血がついている。
覗き込むように、冷静な観察を一瞬したあと、林さんの顔面をラジオにめり込ませるハルチカ。
止まる音楽。倒れる林さん。新聞に大きく滲みだす血。
気を失った林さんの脇で黙々と後片づけをするハルチカ。
ふと、気付いたようにリュックから湯呑みを出し、机の上に置くと、受話器を取る。
救急隊員に説明をしているハルチカ。ストレッチャーに載せられている林さん、血まみれ。
救急隊員 「大丈夫ですかー? 自分の名前、言ってみてくださーい」
林さん 「違うんだ、湯呑みが爆発して、そうしたらもうガツンと、何かわけの解らないものが……」
救急隊員 「湯呑みが爆発って……。すいませんがちょっと教えて貰えますか?」
ハルチカに話を振る隊員。
ハルチカ 「湯呑みってあそこの」
駆け寄って確認しに行く隊員。机の上で普通に倒れている湯呑み。コーヒーが床まで零れている。
走って戻ってくる隊員。ハルチカの手をつかむ林さん。
林さん 「村上君が、俺を殴ったのか?」
ハルチカ 「どうしちゃったんですか林さん、なに言ってるんですか?」
サイレンを鳴らしながら走り去る救急車。
2007年10月1日号掲載
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