ガードレールに腰をかけてハンディレシーバーの音声を聞いているハルチカ。葬儀屋の看板。二階は事務所、一階はシャッターのついた作業場な感じ。シャッターは開いてる。
コードレスホンで何やら話している葬儀屋の若い衆が見える。
その会話がハルチカのレシーバーから聞こえる。
若い衆 「社長いい加減休みくださいよー。ここんとこ二ヶ月休みまるっきし無しッスよ。海とか行きたいじゃないすかやっぱ」
社長 「ワリいな、警察関係の仕事貰えるようになったばっかだからさ、ちょっとふんばりどこなんだよ」
若い衆 「いやあ、入って5ヶ月の俺が言うのもなんですけどお、人増やしたほうがいいんじゃないすかア」
社長 「ああ、求人は出してるよ。まあ、取りあえず今日のやつ終わったら一日休んでいいからさ、頼むわ」
若い衆 「マジすか! んで、今日のってどんな感じですか」
社長 「土左衛門、水死体だよ。初めてだろ。河で溺れたんだとさ。とにかく目一杯ドライアイス作っといてくれよ」
若い衆 「えええ、かなーりエグイじゃないですか」
社長 「や、大丈夫だよ事故だしもう警察で棺に納めちゃってるから。まあ、お前にいきなりドライ詰めさせたりはさせねえよ、人前で吐かれちゃ困るしな。ただ、みんなも今日はバラバラだから、通夜の段取りと使いっ走りだけやっといてくれればいいよ。俺の方終わったら、すぐ行くから」
若い衆 「つって来たことないじゃないすかあ」
ハルチカイヤホンを外し、立ち上がり伸びをする。
その場から足早に立ち去る。
通夜の式自体はおおむね終了している。親族や葬儀屋がバラバラと後片づけをしている状態。
受付のテントの脇に紺のスーツを着て、コンビニの袋をぶら下げたハルチカが立っている。
会場に入って行くハルチカ、親族らに何気なく頭を下げたりしながら、葬儀屋の若い衆に近づいていく。
ハルチカ 「あのすいません、ちょっと」
若い衆 「え? あ、はい」
若い衆を会場の隅の方へ誘うハルチカ。
ハルチカ 「いや、俺がこういうこと言うのはちょっと違うかもしんないんだけどさ」
若い衆 「え、なんすか? なんかありましたか?」
ハルチカ 「明日も暑いみたいだし、ほら、棺桶の中身っていうか、家族の人たちには申し訳ないんだけどさ、ちょっと臭い始めてるような気がするんだよね」
少し慌てたような若い衆、棺桶の方を見る。
ハルチカ 「それでさ、できれば今のうちにこれで目張りしといたほうがいいかと思って。俺も世話になった人だから、できることはしときたくてさ」
若い衆 「そうっすね、実は俺もまだ日が浅いもんで経験ないもんですから。すいません、これいくらしましか?」
ハルチカがコンビニ(またはホームセンター)の袋から取り出したグレーのガムテープを受け取る若い衆。
ハルチカ 「いやいいんだ。とにかく俺も手伝うから、なるべく不自然にならないようにしないと」
若い衆 「そうですね、まあ今ならちょっと裏で準備して一気に貼っちゃえば、大丈夫だと思います」
3重くらいに重ねた長いガムテープを裏で準備し、二人で家族やその他の人間に礼をして、棺桶のフタのまわりをぐるりと目張りする。(もちろん家族の一人には説明してある)
その間何気なくポケットから出した盗聴器を棺桶にセットするハルチカ。
済み次第会場をあとにする。
サンドイッチを噛りながら、レシーバーの音声をイヤホンで聞いているハルチカ。
時計を見る。
棺桶のなかで、大量に詰め込まれたドライアイスが気化している。
目張りがしてあるせいで臨界近くまで軋んでいる。
まったく気付かず、乾いた寿司を囲んで母親を励ます子供や親戚達の姿。
2007年10月8日号掲載
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