はしごを降りながらポケットの中を探り、マグライトと小振りのナイフを取り出し、ライトを口にくわえて下に着く。
息を切らせてライトを手に持ち変えるハルチカ。すぐ近くの背後にランタンの明かりを見つけ、ナイフの刃を出す。
すわんがハルチカを見ている。
すわん 「こんばんは」
自分の部屋で寛いでいるようなすわん。眼を細め確認しようとするハルチカだが、逆光で見づらい。
なんとなく挨拶を返すが身構えた感じのハルチカ。
すわん 「ビールでよかったら、飲む?」
ヒップバッグからスタンガンをとりだして言うすわん。
緊張した顔。
ハルチカ 「いや、いい。何してんのか知んないけど邪魔するつもりはない。少ししたら行くから」
すわん 「フンそう」
息を調えながら、しきりと地上の様子を気にするハルチカ、落ち着かない感じ。
すわん 「あのね、理由はしらないけど、そうされてるだけで凄い邪魔なのね」
ハルチカ 「偉そうだな……」
敵意を見せながら顔を向けるハルチカ。
微笑んでいるすわん。
すわん 「マラソンにしちゃ体に悪そうだけど」
少し笑うすわん。
すわん 「どうしてこんなとこに来たの?」
ハルチカ 「葬式でちょっといたずらしたら怒られちゃって。そしたらなぜか家族がみんな石持って構えてさ、怖くなって逃げて来たんだ……。それに……」
言いかけるハルチカ。
「帰りなさい!」と夫の声で叫んだ妻のフラッシュバック。
すわん 「橋本って人の葬式じゃなかった?」
前を見たまま、静かで抑揚のない声で言うすわん。
ギクリとすわんの顔を見るハルチカ、続けるすわん。
すわん 「うちの中学の先生だと思うわ」
ハルチカ 「なんで知ってんだよ」
すわん 「こないだ生徒と河にキャンプに行ったら、溺れた生徒がいたらしくて。生徒は助かったんだけど、先生は流されて昨日やっと見つかったって新聞に書いてあったの」
ハルチカ 「石となんか関係あんのかよ」
すわん 「ママが教えてくれたんだけど、その先生、溺れながらも何とか流されまいとして、全部のポケットとウエストポーチに石を詰め込んでたって。流れが速すぎて結局はダメだったんだけど、遺族や生徒にその石が配られたんだって。ママ泣いてた」
地下水道の水流。
激しい河の流れ。
生徒を岸へ押し上げ、そのまま流されていく橋本先生。
増水した河の流れに為す術もなく運ばれながらも、時折水面に顔を上げては、手に触れる石を懸命に、しかし冷静にポケットに押し込んでいる橋本先生。
橋本先生 「死なないぞ。死ぬもんか」
なんとしても岸へ近づこうとする橋本先生。ズボンからベルトを外し、金具の部分を木の枝や石に引っ掛けようとさえする。
橋本先生 「瑛子、勇一、仁美っっ!」もう聞き取れない。
水をのみ、力尽き、沈んでゆく橋本先生。
2007年10月22日号掲載
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